こちらの世界に来てから幾日か経った。怪我は大分よくなって、城の中を動き回るのには不自由しなくなった。

体が痛くて動けなかった頃の恥ずかしさといったら…!
ミホークさんはあの日以来何かと私を気遣ってくれて…気遣ってくれるのは良いのだが…さすがにトイレに行くのにもお姫様抱っこで、なんて耐えきれるものではなかった。懇切丁寧に辞退したが、彼はその状況すら楽しんでいるような気がした。
しかし彼の厚意は嬉しかったし、そんなやり取りが私自身楽しかったのも事実なのだが……。


「あそういえばミホークさん」
「なんだ?」
「ずっと前から聞こうと思ってたんですけど…。この城に、図書室みたいなのってありますか?」
「本が読みたいのか?」
「はい…。他にすることもないので」


読書はかつての私の生活の主軸であった。
怪我は日に日に治っていくが、元の暮らしの記憶は徐々に色褪せて行っていた。故意に思い出さないようにしていたのもあるが、ここでの穏やかな暮らしが私を怪我をする前の憂鬱な気持ちから引き離してくれていた。
断片的に思い出せるかつての日常での居場所の無さは、全て読書で誤魔化していた。だからこそ、本を読まない生活がやや違和感があり、出来ることなら本を手にしたいと思うのは自然だろう。


「そうか、なら案内する」


そういってミホークさんは歩き出した。私はその後を数歩遅れて歩いた。

この生活、この世界というべきか、に違和感を感じないわけではない。多分、私が元々暮らしていた世界とは違う場所なのだということをなんとなく理解してきていた。
元に戻りたいわけでもないしこの暮らしに何か不自由があるわけでもない。家に帰りたいと言わない私に配慮してくれてか、ミホークさんもそのことついて特段触れることは無かった。その優しさが、私にとっては非常にありがたかった。

彼の後ろに続いて城を歩く。この城は私が思っていたより広く複雑なつくりをしているようだ。廊下を幾度も曲がり、辿り着いたのは小さな倉庫のような扉だった。ミホークさんがその扉を開くと、予想していたよりも中は広く奥行きがあった。


「すごい本の数……。でも、埃もたっぷり」
「王室の図書室ならこれくらいは当然だろう。暫くの間誰にも触られていない場所だからな。燃えていないだけありがたい」


至る所に積まれた本は、整理整頓という状況からは程遠かった。乱雑に重なった本を見ていると、なんとなく慌てて引っ越しをさせられたような焦燥が感じられた。
一番近くの山の一番上にある本を取ってみた。
ページをめくったが、そこに記さていた文字は私が知っている言語ではなかった。いや、ところどころ知っている文字が混じることもあるが、大半は知らない文字であった。
私が首をかしげていると、ミホークさんも同じ本を覗き込んだ。


「どうした?」
「知らない文字なんで…びっくりしてたんです」
「………確かに、これはおれも読めん」
「ミホークさんもですか?」
「ああ。…一般に表記されるものじゃない。………この国の古語だろう。この一帯は歴史書が多い」


どうやら相当マニアックなものを手に取ってしまったらしい。
部屋にある本の見取り図等は無く、地道に読める本がないか探すことにした。
埃を払いながら一冊一冊確かめていく。


「読みたいものは見つかったか?」


思った以上に熱中していたようで、突然声をかけられてびっくりして振り向いた。ミホークさんは少しあきれたように私を見ていた。


「ミ、ミホークさん!」
「ここにいたんだな。存外広いな、ここは。捜すのに手間取った」
「ごめんなさい…」


私がそう謝ると笑いながら頭をぽんと撫でた。


「いや、謝る必要はない。それで、見つかったのか?」
「あ、はい。一応、何冊か」
「そうか」


私は撫でられたことによる胸の高鳴りを抑えながら、ミホークさんに見つけた本を見せた。すると、ミホークさんは私が選んだ本をちらりと見た後に私の手から本を取った。


「戻るぞ、部屋に」
「ミホークさん、その本…」
「おれが持っていく」
「そんな、悪いです、私が読みたいから持って来たのに」
「怪我人に数冊とはいえ重いものは持たせるわけにはいかないだろう」
「でも…」
「早く着いてこないと、迷子になるぞ」


私の遠慮などお構いなしにミホークさんは歩き出した。素直に甘えて本を持ってもらいながら部屋へと戻る。

部屋に戻りソファで私が本を読み始めると、ミホークさんも隣に腰掛けて新聞を読み始めた。
なんだか、距離が近い。読み始めた当初は気付かなかったけど、ソファに並んで座っている私達の距離は、人ひとり分もない。割と大きいソファなのに。わざわざスペースを開けるために隣にずれるのも失礼な気がして、結局そのままの体勢でいることにした。
しかし、隣にミホークさんがいるという事実は、予想以上に私の読書を妨害した。
本を読むふりをしてそっとミホークさんを見やる。横顔、綺麗。分かってはいたが、近くで見るとより一層整った顔をしてる。横抱きにされた時にも思ったが、体格の良さや引き締まった筋肉が男の人だということを強く感じさせる。


「おれの顔に、何かついているのか」
「えっ」


新聞から顔を上げないまま、ミホークさんはそう言った。こっそり見ていたつもりであり、気付かれていたとは思わなった。恥ずかしくなり俯くと、ミホークさんはそのまま言葉を続けた。


「これだけ見られていたら、誰でも気付くだろう」
「…そんなに見ていましたか、私」
「ああ」


距離が近い分、緊張してしまう。私ははぐらかすことも出来なくて、再び手元の本へと視線を移した。

しかし、1ページも進まないうちにやけに視線を感じて、まさかと思いちらりと横を見るとミホークさんが私を見つめていた。気付かない振りをしようとしたけど、やっぱり気になって仕方ない。結局私は少しも読み進めることが出来ず、諦めて本から顔を上げた。

「あの、そんなに見られると、気になります」
「さっきのなぎさの真似をしてみただけだが」
「う……。でも、私の顔なんて長く見てても何も楽しくないですよ?」


私はどうにか注意を逸らそうとそう問いかけるが、ミホークさんは可笑しそうに笑っただけで目をそらすことはしなかった。


「そんなことはない、幾ら見ていても退屈しないな」
「……それって、褒めてないですよね?」


またもや可笑しそうにミホークさんは笑った。
私の顔を見て、楽しそうに笑うから、釣られてなんだか温かい気持ちになるような気がした。

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