「食欲はあるか?」


窓から差し込む橙色の光が部屋を染め上げていた。どれくらい寝ていたのだろう。この部屋には時計が無い。ぼんやりと声がする方向に目を向けた。
ミホークさんが食事を持ってきてくれたようだった。
暖かいシチューとパン。空腹感が遅れてやってくる。起き上がろうとしたが体の節々が痛むせいで上手く動けない。そんな私をわかっていたかのように彼は肩に腕をまわしてゆっくり起き上がるのを手伝ってくれた。急に近くなった距離に心臓が跳ね上がる。
ゆっくりと食事を口に運んでみる。随分久しぶりの食事のような気がした。


「おいしい…」
「無理はしなくていいが食べれるだけ食べた方が良い」


それ以降特に言葉を交わすことは無かった。無言の食事だったが、息苦しいとかそういったことは一切無かった。ゆっくりとしか食べることが出来ない私を、彼は急かすことは無かった。
食べ終わる頃には、すっかり日が暮れていた。ミホークさんは皿を持って立ち上がった。


「食ったら寝ろ。まだ立ち上がるのもつらいと思うが、風呂とかトイレの時とかの為にそこに杖を置いておくからそれを使え」
「ごめんなさい。…ありがとうございます」
「…構わん」


ミホークさんはそう言って部屋を出て言った。一人きりになった部屋はがらんとしていてやけに広く感じた。
先程まで近くに人がいて暖かいものを食べていたせいか急に淋しさを感じて、紛らわすように私は布団の中へと潜り込んだ。


その夜、あまりの寝苦しさに目を覚ますと、隣にはミホークさんがいた。


「苦しいか?」
「…は、い」
「そうか…」


喉がカラカラで声を出すのも精一杯だった。高熱を出した時の感覚に似ていた。
ミホークさんは私の額に乗せてあったタオルを取り、手のひらをおでこへとあてた。


「ひどい熱だ、下がりそうもない」
「確かに、熱いし、苦しい…」
「食事を取って身体の緊張がほぐれたんだろう。薬はある、飲めるか?」
「多分」


私はミホークさんに助けてもらいながら起き上り、渡された錠剤を口に入れ水をのみこんだ。
しかし予想に反して私の喉は薬もろとも水を食道へと流すことを許さなかった。ごほごほっと盛大にせき込み飲み込んだはずの水と錠剤をそのままかけていたシーツの上へとぶちまけてしまう。
そのまま勢いよく咳き込み、少しの間せきは止まらなかった。


「ご、ごめんなさい」
「いや、仕方ない」


溜息を吐いたミホークさんに申し訳ないような恥ずかしいような気持が生まれて私は俯いた。ものすごく情けない姿を見せてしまっている。しかし頭の痛みは増すばかりである。起き上がった上半身が不安定に揺れていたが、彼の手によってあごを掴まれてやや上を向かされた。


「ミホークさん…?」
「少々我慢しろ」


そういってミホークさんは私が飲むはずの水と薬をのみこんだ。なんでミホークさんが、と疑問に思ったのも束の間、彼は薬を口に含んだまま半開きの私の唇へと口付けた。
驚いて固まっている間に、喉の奥へと流されていく薬と水。口移しのおかげかどうかは分からないが今度は咳き込むことはなかった。
離れた唇。ごくりと喉をつたい食道、そして胃へと落ちる水と錠剤。熱と衝撃のせいでぽかんとしたままの私をミホークさんはゆっくりと横たわらせた。


「少ししたら薬が効いてくるはずだ。さすれば楽になる」
「…はい」


私は何が起こったかを理解する前に、だるい身体を眠りへと沈めた。

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