暫く沈黙が流れた。何か話すべきなのかもしれないが、何を話せばいいかわからない。わからないことが多すぎて大きくため息をつくと、目の間にいる大きな男もまたため息をついた。


「しかし家が分からないとは弱ったな。怪我が治った後、お前を何処に帰せばいいのか」


帰る場所………。ズキッと鋭い頭痛に顔が歪んだ。私は帰ることができるのだろうか。そもそも、帰りたいのだろうか。


「…私、怪我が治ったら帰らなきゃいけないんですか?」
「当り前だろう、お前は帰りたくないのか?」


口をついて出た言葉は、まるで帰りたくないと言っているかのようだった。実際、鷹の目と自称する彼もそう聞こえたようだ。
私は、刹那脳裏を横切る日常の記憶に飲み込まれそうになり、今度は鈍い痛みがゆっくりと近付いてくる。


「帰りたく、ない」
「…?」
「…帰りたくない。もしもこれが夢だっていうなら、覚めなくたっていい」


気付くと頬が濡れていた。落ちることを選んだ理由。落ちる直前のことを思い出そうとすると痛みが強くなった。
突然泣き出した私に、彼は訝しげな眼差しを向けた。しかし、それは冷たいものではなく、どちらかというと心配からくるもののように見えた。


「どちらにせよ、傷が治るまでまだ時間はかかる。暫くは安静が必要だ」
「…はい」
「だから、暫くはここにいても構わない。帰り方が分かれば、その時帰るかどうかまた考えればいい」
「ここにいて、良いんですか」
「人が一人増えたところで何も変わらん」


ここにいても良いという言葉に、心が軽くなる。痛みがゆっくりと引いていく。
ここが何処だかは分からない。それでも、彼の言葉に安心したのは確かで、少なくともここにいる間は私はつらい思いをしなくて良いのではないかと、そう思った。


「迷惑、ですよね。でも、ありがとうございます」
「気にする必要は無い。それより名前は?なんて呼べばいい」
「なぎさと言います」
「わかった。また暫く寝ておけ。近くにいるから何かあれば呼んでくれ」
「はい。…すみません、色々と。…えっと、ジュラキュール、さん?」


彼をなんて呼べばいいのか。確認を取るようにそう聞いてみた。


「…ミホークで構わない」


彼は短く答えて、この広い部屋から出て行った。
彼の背中を見ながらぼんやりと、ここは現実なのか夢なのか考えてみて、しかしすぐに眠気が私を襲い意識を手放すこととなった。

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