「気分はどうだ、娘」
「………?」


目を覚ますと、目の前には知らない男の人がいた。ここは一体…。
まわりを見ようと身体を起こしかけて、びっくりするほどの体の痛みに息が詰まり顔が歪んだ。私を覗き込んだ彼は呆れたように言った。


「寝ていろ。随分高いところから落ちて来たようだな。まぁ大した傷ではない、お前のような鍛えてもいないただの娘には多少きつかいかもしれないが…。安静にしていればすぐ治るはずだ」
「高い、ところから…」


男の言葉を復唱する。私は一体何のトラブルに巻き込まれたのだろうか。
多分ここはベッドの上で、そしてどうやらこの人が私を看病してくれている。体の痛みからして、私はなんらかの怪我をしているらしい。
しかし目の前の男は、およそ医者には見えない格好をしていた。
部屋を見渡すと、随分と天井が高いことに気が付いた。そして石畳の壁。まるで…お城のようだ……随分と古びている建物に見える。


「落ちたのが丁度ヒヒの上だったからその程度で済んでいるが、もし地面に直撃していたら命はなかったぞ」
「ヒヒ…?」
「何処から来たんだ?見る限り、自ら望んでここまでやって来たようには見えないが」


何を言っているのだろう。ヒヒ、とは。私は、どこから、何から、落ちてきたのだろうか。

自分が今までどこにいたのか、何をしていたのか。今のこの状況の理由を探るべく思い出そうとしたとき、ズキンと脳みそに痛みが走り思考を邪魔された。
ふと思い出された情景に、私は首を振った。思い出したくない記憶だった。
答えを探しながら、なんとなく彼のことをじっと見つめてみた。
……あれ、この人、見たことがある気がする。会ったことはないが、誰かに凄く似ている。誰だっけ……。


「なんだ?」
「…鷹の、目?」


鷹の目、ミホーク。思いついたのはその名前。だけど、ミホークは漫画に出てくるキャラクターで、決して現実世界の人物ではない。しかし目の前にいる男と鷹の目の風貌は全くと言って同じである。


「おれを知っているのか」
「鷹の目ミホーク。七武海の一人、世界一の大剣豪…」
「ほう…」


自分自身に確認するかのように呟く。いや、まさか。いくら怪我をして弱ってはいても、現実と漫画の世界を勘違いするだなんて。世界は広いんだから似ている人はいるだろうし、もしかしたらコスプレをしてる人かもしれないし。その方が可能性は高い。


「おれを知っているということは、おれに用でもあったのか?」
「いや、そういうわけでは」
「まあそれも可笑しな話だがな。おれがここに住んでいると知っている者は限られている」


不思議そうに私を見る鷹の目。だけど、不思議なのはこの状況である。
まず、今一番考えなければいけないのは彼が鷹の目かどうかでなく、ここが何処で何故私はここにいるかなのだ。
ヒヒっていうのが何か分からないけど、少なくとも私はヒヒの上に落ちてきた覚えはないし、この場所に見覚えもないし私の知っている場所の近くにこんな建物があるとも思えない。近くに窓があるが、窓の外はどんよりとした嫌な曇り空だった。見覚えのある建物は何処にも見えない。


「ここは、何処なんですか」
「目的があったわけではないのだな」
「目的も何も…どうして自分がここにいるのかもわからないし、第一なんで貴方が鷹の目なのかも……」
「おれがおれであることを信用してないというのは、まあ無理もないかもしれないが。俺はジュラキュール・ミホークだ、お前が思っている通りな」


私は顔をしかめた。彼が本物の鷹の目?そんなわけがない。なりきっているのだろうか…。そんなことを思う。


「まあ信じないならそれでもいいが。お前、家は何処だ?」
「世田谷、です」
「せたがや…?」
「え?」


彼は顔をしかめて地名を復唱した。私はその様子に疑問を抱く。もしかして、ここ東京じゃないの…?そんなバカな。だって、私はついさっきまで屋上にいて、それで……。
断片的に記憶がよみがえる。真っ逆さまに落ちる恐怖。ぶんぶんと頭をふってそれを排除する。


「ここ、東京じゃないんですか?」
「とう…?」
「え?」


東京という言葉にすら首をかしげる鷹の目。ここは日本ですらないのだろうか。もしかして、海外の病院なのだろうか。そんなバカな話があるのだろうか。というか、ここは病院なんかではない。部屋はがらんとしていて、部屋の中にも外にも他に人間がいるようには感じられない。


「今日って、私が怪我してからどれ位経ってますか?」
「1日だ。昨日おれがお前を見つけてからずっと気を失っていて、今目覚めたんだ」


鷹の目は訝しげに私を見る。なぜそのような目を向けられなければならないのだろうか。私は必死に考えをめぐらす。
もしかして、拉致されたとか?でも、それと彼が東京を知らないこととは繋がらない。


「質問を変えようか。お前が言う地名は聞いたことが無いが、どの海に属しているんだ?」
「海…?」
「東西南北4つに分けた海だ。それとも、このグランドラインに浮かぶ島の一つか?」
「グランド、ライン……」


グランドラインって…まさに漫画の中の話だ。4つに分かれた海というのも。一体どういうことだ。彼がふざけてその質問をしているようには思えない。


「埒が明かないな…。ここはグランドラインにあるクライガナ島だ。それは知ってるのか」
「…なんとかっていう王国の…跡地…だったっけ」
「それを知っていて何故自分の住んでいる場所が分からないのかが理解できない」


鷹の目ジュラキュール・ミホークと言い張る男、グランドラインに浮かぶ島、彼の質問の仕方。
眩暈がする。それは怪我のせいなのか、それともこの状況のせいなのか。
困り果てた私を、鷹の目は相変わらず奇妙な目で見ていた。

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