14


二人で街へ行ってから、何日か過ぎた。
私は相変わらずミホークさんしかいない城で静かに過ごしていた。だんだんと、元の生活が色褪せていき、代わりにミホークさんとの日常が私を優しく取り囲んでいく。
しかし、あのキスがあったからといって、二人の何かが変わるようなことはなかった。ただ、同じような日々を同じように過ごしただけだった。
あの日キスをしたっていう事実が、まるで、夢だったみたい。浜辺に光る星がたくさん落ちていたような、そんな幻想的な風景の中でみた、一瞬の幻。


「ミホークさんは、やっぱり私の事なんとも思ってないのかな…」


城の外にある丁度良い瓦礫に腰掛け、私は一番仲の良いヒヒの頭を撫でながらそう呟いた。彼らは人の言葉を話すことはないが、私が何を言っているのかは大方理解できるようだ。
彼女(恐らくメスのヒヒである)が困ったように私を見上げるので、ふっと笑みを漏らした。私の言葉の意図が分からなかったのかもしれない。彼女はまだ小さいし、このような気持ちを抱いたことがないのかもしれない。私だって、ミホークさんと出会うまではこんな感情を抱いたことはなかった。

はあ、とため息を吐く。私にとって、あのキスは、とっても意味があるものだったし、あれ以来どうしてもミホークさんを意識してしまう。
でも、ミホークさんはどうやら違うみたいだ。分かってはいたけど、それでも私はそのことに自分でも意外なくらい気にしていて、傷付いているようだ。
私ばっかりミホークさんのことを考えている。なんだか、不公平だ。

そんなことを愚痴を言っていると、近くの茂みで何かが動く音がして、まったりとしていたヒヒもぱっと起き上がってそちらを見た。


「ここにいたか」
「ミホークさん…!」


まさかミホークさんが来るとは思わなくて、私は驚いて立ち上がった。ヒヒはミホークさんの姿を見ると、怯えたように奥の茂みへと隠れてしまった。


「あっ…」
「ヒヒと一緒にいたのか」
「はい、あの子が一番の仲良しなので」


そう言うと、ミホークさんはおかしそうに笑った。笑った顔に、私の胸はきゅんと反応する。なんだろう、最近こんなことばっかり。ミホークさんの笑顔を見ると、なんだか嬉しくなって、同時に胸がきゅんとする。


「なぎさは、本当に不思議だな」
「それ、あんまり良い意味に聞こえないんですけど…」


そう反論すると、また面白そうにくくっ、とミホークさんは笑った。私は少し頬をふくらませる。
そういえば、先程の私の独り言をミホークさんに聞こえてはいないだろうか。急に心配になってくる。聞かれたら、困る。私はそう思ったけど、聞く訳にもいかないし、そっと溜息を吐いた。


「そろそろ帰るぞ、日が暮れる」
「もうそんな時間ですか?」
「ああ」


確かに、空はオレンジ色になっていた。私はミホークさんに続いて歩き出す。

背が高くて、大きな背中。手を伸ばしても、届かない気がしてしまう。私は、不安定な存在だ。何処から来たかも、何処へ行けばいいのかもわからない。
多分、そんなこと絶対ありえないのだろうけれど、ここが現実だと言うのなら、私はきっと違う世界に来てしまっているのかもしれない。最近、そんな風に思うようになっていた。
ここでの生活は、暖かくて、とても優しい。そして、それは全てミホークさんの存在が大きく影響している。彼がいるから、私はこうして笑える、こういう気持ちになれる。


「わっ…」
「大丈夫か?」


倒れていた大きな瓦礫に足をひっかけてしまい、私はミホークさんの背中に倒れこみそうになる。
しかし、私の声に気付いたミホークさんはさっと身体を翻して、私を上手く受け止めてくれた。彼に正面から抱きしめられる形で受けとめられた私は、なんだか恥ずかしくてすぐに身体を離そうとしたけど、それは腰にまわった彼の腕のせいでかなわなかった。


「ごめんなさい…!」
「気をつけて歩け」
「はい。………あの、ミホークさん」
「なんだ?」
「いつまで、この体勢のまま…」


会話中、ずっと私は彼に抱かれたままだった。さすがに、これは心臓に悪すぎる。だけど、抱きしめる腕はさらに強くなるばかり。


「嫌か?」
「そんなわけないです!けど、その…」
「嫌ではないなら、しばらくこのままでいいだろう」


胸が締め付けられる。苦しい、だけど、嬉しい。こんなにも近くで彼の体温を感じれることが、どうしようもなく私の感情を高ぶらせる。

ミホークさんは私のことをなんとも思ってないんでしょう?あのキスだって、まるでなかったことみたいに扱って。それなのに、どうしてこうやって優しく抱きしめるの?

喉まで出かかった言葉を、飲み込む。そして、彼に身をゆだねる。余計なことは考えない、ただ、今はミホークさんとこうしていたい。

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