10


雨が止み、宿を出ると辺りは薄暗くなっていた。
少し前を歩くミホークさんを見上げる。先程の言葉を反芻する。
ここにいろ、っていう言葉は、私を苦しめていた何かを取り払ってくれて、そして新しく私の中に何かを芽生えさせた。ミホークさんの言葉は、温かい。後ろから抱き締められた、その腕の中も。思い返すと頬が少し熱くなる。

ミホークさんにとって私は、少なくともどうでもいい存在でないことは分かった。それだけで、充分。私はひそかに微笑んだ。

街は昼間よりも賑わっていて、出店がたくさん出ていた。お祭りでもあるのだろうか。白いユリのような花を打っている店が多い。造花だろうか、発色があまり良くない花だった。


「祭りがあるらしい」
「え?」
「さっきの宿の従業員が言っていた。夜漁の無事を海に祈るそうだ」
「そうなんですか」


ミホークさんはそう唐突に話した。きっと私が疑問に思ったのを察知したのだろう。

歩いていると、ひときわ強い風が海の方から吹いて来た。ふわりと強い潮の香りとともに風が先程着替えたワンピースの裾を大きくまくりあげる。


「わっ…」


広がった裾を慌てて押さえつける。こんな軽い生地のスカートなんて、ほとんど着たことが無い。数歩前を歩くミホークさんは私の声に立ち止まり振り返る。呆れたように私を見るミホークさんに苦笑する。

なんだか、急に恥ずかしくなってきた。女性らしさが強調されるようなワンピースは、私に、似合わない。


「大丈夫か?」
「はい…。スカート、慣れなくて」


そう答えると、少し首を傾げてからミホークさんは言った。


「…その服」


そこまで言ってミホークさんは口を閉じて少し考え込み、そして続きを言わないまま、前を向いた。

何を、言おうとしたのだろう。その服…この私の着ている服が、どうかしたのだろうか。この服が、似合ない、とか…かな。確かに、似合ってはいない。私は自分を見下ろした。溜息を吐いて、先に歩き出したミホークさんの後を追った。


無言が続く。何か話そうにも、何も話すことがなくて。だけど、私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれているのが分かるから、それが少しだけ胸をくすぐる。


「なぎさ」
「はい」
「何か、買うか?」
「え?」


突如、ミホークさんは立ち止まりそう言った。私は首をかしげミホークさんを見上げる。


「出店、たくさんあるだろう。気になるものがあれば、言え」
「あ、でも、別に」
「遠慮はしなくていい」


きっと、ミホークさんになんて話しかけようか悩んでいた時にあちこち周りの出店を見ながら考えていたから、それを私が何か欲しがっていると思ったのだろう。…自分を見てくれていることを知って、また、少しだけ嬉しくなる。

断ろうと思ったが、嬉しい気持とお祭りと言うこともあり、少しその言葉に甘えてみることにした。


「じゃあ、あの、白い花が欲しいです」
「花?」
「いろんなお店で売ってる、ユリみたいな白い花です」
「…ああ、あれか」


ミホークさんはそう言って納得したように店を見た。そして、一つのお店に近付く。
白い花のついた髪飾りを手に取ると、何も言わずに代金を店の店主にミホークさんは渡した。それを見て、店主の人がからかうように言う。


「良い男捕まえたね、お嬢ちゃん」
「えっ、違いますよ」
「行くぞ、なぎさ」
「あ、ミホークさん」


からかわれたことに赤くなって反論していたら、ミホークさんはスタスタと店を離れて行った。私は店主にお礼を言って、すぐに追いかけた。

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