13


船内が何やらいつも以上に慌ただしく、クルーは皆浮足立っていた。何事かと聞くと、今日は久しぶりの島への上陸だという。確かに船の目前には島が見えていて、今見えている港よりも奥に船を着ける予定だと聞いた。
補給の手伝いが終わったら私も上陸して自由に行動して良いと言われたが、一人で街に行きたいとは思えず、なんだか乗り気になれなくてどうせ船に残るなら船番をしようかと遊びに行きたそうにしているクルーに声をかけると大いに喜んでくれた。

大方のクルーが街へ繰り出して、私は船の中をぷらぷらと歩いていた。船番と言ったって、私以外にも何人か残っているクルーはいるし、万が一敵襲があったとしても私じゃ何の役にも立たないが、何の理由も無く船に残るよりも随分気持ちが楽だった。
船から島を眺める。久しぶりに陸地を見た気がする。この船に落ちてきて、そして周りが海だと知った時は随分と驚いたものだ。私はどこかの島からやってきたのだろうか…。相変わらず自分自身のことを全く思い出せず、ため息を吐いた。


「お前、ここにいたのか」
「マルコさん…!島に降りたのかと思っていました」


後ろからマルコが声をかける。私を探してくれていたらしい。どうしたのかと聞くと、一緒に上陸しようと誘われた。


「私、自分から船番を代わるって言ったんです」
「そもそもお前に船番を代わらせたこと自体が間違いだろい。ほら、行くぞ」
「でも……」
「ほら、何遠慮してんだ」


マルコは笑いながら私の手を引いてくれた。無理に断る理由も思いつかず、私はマルコと一緒に島をまわることにした。
船を降りると手は離されてしまって、少しだけ寂しい気持ちになった。マルコは島の説明と特産物なんかを教えてくれて、私はそれをふんふんと聞きながら港町を見て回った。

小さな商店が並ぶ、あまり大きくはないが賑わいのある港町だった。


「服とか、必要な日用品はここで買っておけよい。また海に出たらしばらくは降りれねぇぞ」
「あ、でも、お金ないし、それにナースの皆さんがお下がりをくれるから充分ですよ」
「金なら心配しなくていいよい、おれが出す」
「いやいや!悪いですよ、そんな」
「おれがしてぇからするだけだ、遠慮はすんな」


頭を撫でられながら笑顔でそう言うマルコを見上げる。本当に気にしていない様子だった。
衣類は確かに足りていたが、ナース達のおさがりはどれも露出が高い服ばかりで、しかも胸元のサイズが明らかに合わないものが多く、中々着づらいものばかりだった。もしかしたら、マルコは私がお下がりの服をあまり上手く着られていないことに気付いていたのかもしれない。
幾つかお店を回って、動きやすそうな服装を購入してもらうと「随分と地味だな」と悪気なく言われて苦笑いをした。

俺は特に見たいものも無いから、というマルコの言葉に甘えて、私は目に入る気になったお店を片っ端から見て回った。初めて見るものも多かったし、なんだか懐かしさを感じるものもあった。
途中で歩き疲れて入ったカフェで、マルコはコーヒーを、私は紅茶とケーキを注文した。


「楽しいか?」
「はい、とっても!連れ出してもらえてよかったです。一人だと、なんだか島に降りるのが怖くて」
「そりゃよかった。好きなもん、なんでも買えよ」


優しく微笑むマルコに、少しだけ頬が熱くなる。二人でこうやってお出掛けして楽しめるなんて、思ってもいなかった。
自分が何処で生まれてどうやって生きて、そして何故この船に来ることになったのか。何一つ思い出せずにいる。自分に関する過去だけをぽっかりと忘れてしまっていて、普通に生活をするうえで困ることは特になかったが、ふとした瞬間に不安が私を埋め尽くすのだ。自分が今ここに本当に存在しているのか、自分ですら分からなくなってしまう。


「私、何が好きだったかと嫌いだったかとか、そういうことも何も思い出せなくて、それが怖いんです。私が私であることの証明が、何もないことが…」
「…記憶、全く戻らねぇのか」
「ごめんなさい、こんなに良くしてもらってるのに、中々思い出せなくて」


マルコはいつも私を気遣ってくれる。その優しさに自分は何も返せないことが申し訳なくなってそう謝ると、マルコは「謝るな」と優しく言ってくれた。


「おれは、お前が何を好きだとか、嫌いだとか、今日少しわかったぞ」
「え?」
「明るい色。動きやすくて軽い服。猫のモチーフの雑貨。甘い物。……無理に思い出さなくても、一緒にいればお前がどういう人間で、何が好きで、何を考えているのか、すぐ分かるよい」


今日二人で回ったお店。マルコは私がいろんなものを見ている姿を楽しそうに眺めていた。自分をこうして見つめてくれて、そして分かろうとしてくれている。嬉しくて、だけど胸がぎゅっと苦しくなる。


「無理に思い出す必要なんかねぇ。おれは、過去のヒナじゃなくて、今のヒナのことがもっと知りてぇよい」


自分の中の感情が、どんどん強くなる。過去を思い出せない私を丸ごと受け入れてくれるマルコは、だけど、私が今こうして育てている感情のことを知ったら、どういう反応をするのだろう。嬉しさと、切なさが混じって、私はただ頷いてありがとうと呟いた。
 


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