ミホークさんに連れられて入ったのは小奇麗な宿屋の一室だった。部屋に案内され、ミホークさんに頼まれたのだろう、従業員の人が新しい服を一式用意してくれて手渡された。


「風呂は奥にある。とりあえず、体を温めろ」


ミホークさんは立ち尽くしたままの私にそう言った。私は服を受け取り小さく返事をして風呂場へと向かった。

宿に着くまでの道で、私の中の動揺や不安はいつの間にかなくなっていた。
多分、いや、確実に。これはホークさんのおかげ。ミホークさんが手を握っていてくれたおかげ。

熱いシャワーを浴びながら、この宿の用意の良さにふと疑問に思った。そして、今朝ミホークさんと交わした会話を思い出す。この島、特にここら辺はよく通り雨が降る、と。きっと私みたいに雨に振られてびしょぬれになってやってくる客が多いのだろう。
湯船にはお湯が張られていた。私はそっと身体をその中に沈めて、暖かさを存分に味わった。

いなくなった私を見つけてくれた。私が探してほしいと思っていたことを、ミホークさんは分かったのだろうか。長い溜息を吐いた。さっきまで繋いでいた手をまじまじと見つめてみる。

大きくてごつごつとした固い手だと思っていた。あんなにも優しく手を握ってくれるとは思わなかった。繋いだ手の感触を思い出すと頬が熱くなった気がした。

お風呂からあがり服を着替えて戻ると、ミホークさんは大きなベッドに腰掛けていた。


「寒くないか」
「はい。大丈夫です。お風呂、ありがとうございました」
「そうか」


私は風呂場を出たところで立ち尽くしたまま目を合わすこともなく、手持無沙汰に床を見ていた。不意に、ミホークさんが私の名前を呼ぶのでそちらへ意識を向ける。


「髪の毛、まだ濡れている」
「あ…」
「来い。拭いてやる」


ミホークさんはそう言って手招きしてくれたので、私は少し躊躇ったがおずおずとミホークさんの隣に腰かけた。
タオル越しの手の感触。やや強いその拭き方に、私は無意識に目を閉じた。誰かに髪の毛を触られるのは、気持ちがよかった。


「ミホークさん」
「なんだ」
「…ごめんなさい、迷惑、かけちゃって」
「…迷惑じゃなくて、心配だ」


ミホークさんは髪の毛を拭く手を一旦止めた。私は振りかえろうとしたけど、後ろからゆるく抱きしめられたため、それはかなわなかった。

どくんと脈が揺れる。ミホークさんの吐息が、肩に、かかる。


「ミホークさん」
「なんだ」
「私、ここにいていいんですか?ミホークさんの傍にいて、私は……」
「ここにいろ」


私の言葉を遮るように、そう、静かに言った。
窓の外で雨が強く地面を打つ音が聞こえる。


「なぎさはここにいろ。おれが、許す」


私はゆっくりと息を吐き出した。その言葉は、私が欲しかったものだったのかもしれない。

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