港町は私が思っていたよりもずっと人で賑わっていた。
随分と久し振りにミホークさん以外の人を見るので、なんだか不思議な気分だった。街を歩く人は、私がいた街とはやっぱりちょっと違った格好をしていた。


「人、多いですね」
「普段はこれほどいないのだが。おれも驚いている」
「驚いているようには見えないですけど…」
「…顔に出にくいんだ」


大通りはたくさんの店が並んでいた。ミホークさんはそのうち一つの店でどうやら顔見知りの人を見つけると、少し話して、その人はぺこりと頭を下げると何処かへと去って行った。

私は前を歩くミホークさんの後を黙って付いて行った。


街は喧騒で溢れかえっていた。たくさんの話し声や笑い声は私を憂鬱にさせた。すれ違う女の人の視線に怯えてしまう。ここにいるはずがない、彼女たちがここにいるはずがない。そう頭の中で何度も呟き、意識はしていなかったが、多分実際に口に出して何度か呟いたかもしれなかった。

ふと前を見ると、そこにミホークさんの姿はなかった。彼の後を歩いていたはずなのに。私は駆け足で前にいる見知らぬ人を追い抜かしたが、その先にも彼の後姿は見えなかった。

立ち止まって振り返る。何処でミホークさんとはぐれたのか、見当もつかなかった。

途端、とてつもない恐怖が心を締め付けた。知らない場所で、知らない人しかいない場所で、私はどうしたらいいのだろう。戻れるだろうか、ミホークさんと会えるだろうか。私は元来た道を引き返すかそれとも先を歩くか、悩んだ。

悩んでいると、後ろから来た大柄な男の人にぶつかって、その人は私に向かって「邪魔だ!」と怒鳴り舌うちして通り過ぎた。私はその衝撃で大きく尻もちをついてしまい、地面に打ち付けたお尻と少しすりむけた手のひらがひりひりして痛かった。


「私、なんでここにいるんだろ…」


ぽつりとでてきた言葉は、すぐに喧噪にかき消された。目頭が熱くなって鼻の奥がつーんとしてきた。

探しに来てほしい。私を見つけてほしい。だけど、ミホークさんは私がいなくなったのに気付くだろうか。気付いても、探してくれるだろうか。いきなり現れて、そしていなくなった私を、見つけてくれるだろうか。

道行く人が地面にへたりこんでいる私をじろじろと見てくる。声をかける人は誰もいなかった。ここにいたらまた邪魔になると思って、私はヨロヨロと立ち上がり、近くの路地へと入っていた。

建物と建物の間の細い道を何も考えずに歩くと、開けた場所についた。ベンチが並んで置いてあり、誰も座っていなかったがどうやら小さな広場のようだった。私はその一つに腰掛けて、空を見上げた。今まさに雨が降り出しそうな、嫌な灰色だった。

ミホークさんは優しいから、私がいないことに気が付いたらもしかしたら探してくれるかもしれない。いやでも、いくら優しくしてくれたからといって、彼にとっての私の存在価値等無いに等しい。
私なんかいなくたって彼は生きていけるし、丁度良いと思ってそのまま探さずに帰ってしまうかもしれない。そしたら、私どうすればいいんだろう。ここでも邪魔者な私は何処へ行けばいいのだろう。

気が付くと、涙がこぼれていた。寂しい。辛い。苦しい。痛い。

悲しい感情があふれだして、無性に、ミホークさんの声が聞きたくなった。彼の声は、私をひどく安心させるのだ。


「ミホークさん」


そう呟くのと同時くらいに、空から雨がぽつりと振ってきて。それは瞬く間に強く打ち付ける土砂降りになった。雨宿りしなきゃ。そう思っても、ベンチから動くことができなかった。髪の毛が、服が、水を吸って重く私にのしかかる。ひたすら、ミホークさんの名前を呼んだ。


ふと、私の上に影が出来て、一瞬雨が止んだ気がした。ゆっくりと顔を上げると、真っ黒の傘を持ったミホークさんが、私を見下ろしていた。


「ここで、何してる」


その声は、なんだか怒っているように聞こえた。だけど、私はその声を聞いてようやく生きた心地がして、安心して、また涙が出てきた。


「ミホークさん…」
「勝手にいなくなるな」
「ごめんなさい」
「……」


ミホークさんは溜息を吐いて、私の雨と涙でぬれた頬に手をかけた。


「泣くな」
「泣いてないです」
「つまらん強がりはいい。おれはお前を、ちゃんと見つけた」


私は何も言ってないのに、ミホークさんは、全部わかっているようにそう言った。
そして何も言わずに私の手を引いてベンチから立たせた。


「近くの宿で風呂を借りる。そのままだと風邪をひく」
「はい」


一つの傘で、手を繋いで、私はミホークさんと歩き出した。雨が体の体温を奪っていたが、時折触れる肩と、繋いだ手は、暖かかった。

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