ブルーアロー

「それで、あいつとは上手く行っているのか?」

いつかと同じようにほんのり紅がさした顔で、ヴィンセントさんはそんな質問を私に投げかけてきた。私の片手には綺麗なスカイブルーのカクテルが注がれたロンググラス。どこかクラウドの瞳に似てるな、なんて惚気のようなことを考えていた時だったから、危なく口に含んだそれを吐き出すところだった。

「っげほ…、突然ですね、ヴィンセントさん…」
「そうか?惜しいことをしたなと思ってな」
「え?」
「私ももう少し若ければ、クラウドには負けなかったはずだ」

しれっと言ってのけたヴィンセントさんに、私も相当アルコールが回っているのか、普段なら冗談を言われているだけだとわかるはずなのに、思いっ切り動揺してしまって視線を彷徨わせた。

「もう、ヴィンセント。クラウドがいないからって、ナマエさんを口説かないの」
「ふん、どうせあいつは今日も遅いんだろう?」
「どうでしょうね…。連絡は来てないから、多分まだかかるんだと思います」

付き合うようになってから、連絡が取れないと困るだろ、と半ば無理やり持たされた携帯のディスプレイを眺める。そこにはやっぱり通知のひとつもなくて、今日はクラウドに会えず仕舞いかと少し気分が落ち込んだ。運び屋の仕事が忙しいことはわかっているけれど、長期間エッジに戻らないことも少なくはなくて、ここ数週間、クラウドの顔すら見ていない気がする。たまに気遣うようにくれる電話は勿論嬉しくて堪らないけれど、ちゃんと会って他愛もない会話をしたいと、どうしても思ってしまう。今日はそんな鬱屈とした気分を晴らしたくてセブンスヘブンに来たところ、たまたまヴィンセントさんに会った。

「寂しくはないのか?」
「…正直に言うと、やっぱり寂しいです。でも、頑張ってるクラウドも好きなんです」
「そうか。私の入る隙はなさそうだな。…もしあいつが嫌になったら、いつでも私のところへ来ていいんだぞ」

そんな言葉と一緒に、ヴィンセントさんの手が私の髪を一束掬い上げた途端、突然首元に腕が回され身体が後ろへと引っ張られた。

「───きゃっ!?…え、く、らうど?」

椅子から倒れ落ちるかと身構えて、ぽす、と背中にあたった人肌のぬくもりに上を見上げると、そこにいたのは不機嫌さを露にしたクラウド。どうしてここに、なんて混乱しながらも、眉を顰めて怖い表情のままのクラウドに私は狼狽えるばかりで。

「仕事が早く片付いたからと戻って来てみれば…、ナマエ、あんたはどうしてそう無防備なんだ…」
「えっ、なんのこと…?」
「……はぁ」

呆れたように吐き出された深い溜息の訳がわからず、でもとにかく怒っていることだけははっきりとわかる。それより、後ろから抱きしめられるようなこの体勢が、恥ずかしいやら気まずいやらで顔に熱が集まりだした。ここにはヴィンセントさんもティファさんもいるのに。

「クラウド、嫉妬か?男の嫉妬は醜いぞ」
「嫉妬だろうが何だろうが、あんたにナマエを渡してやるつもりは微塵もない」

クラウドはヴィンセントさんをじろりと睨み付けて、おもむろに私を椅子から立たせると腕を取ってそのまま店の奥へとずんずん歩き出してしまった。呆気に取られて、されるがままにその後を着いていく。その背後でヴィンセントさんとティファさんが苦笑している声だけが微かに聞こえた。

***

階段を登って押し込まれたのは、初めて入るクラウドの自室。扉を幾分か乱雑に閉めたかと思えば、すぐにガチャリと鍵までかけられる音が聞こえて、私を縫いとめるように顔の両脇につかれたクラウドの腕。恐る恐る頭ひとつ分高い位置にある顔を見上げて、未だに不機嫌な表情のままのクラウドに身体がびくりと強張った。

「クラウド、怒ってる…?」
「怒ってないように見えるか?」
「見え、ないです…」

淡々と紡がれる言葉の冷たさが、アルコールが回った身体を冷やしていく。初めて聞く、クラウドの怒りを孕んだ口調。いつもあまり感情が見えないと思っていた口調が、どれだけ優しさで溢れていたんだろうと改めて気付かされる程には、まったく異なるそれ。どくどくと心臓が嫌に脈打って、募る不安から顔を逸らしてしまいたいのを必死に抑える。きっと、私今、ひどい顔、してる。

「…悪い、ナマエにそんな顔をさせたいわけじゃない」
「ヴィンセントさんと、勝手に飲んでたこと…怒ってる?」
「…それもある、かもな。でも俺が怒ってるのは、あんたの無自覚すぎるところだ」
「無自覚って…、そんなつもり、ないよ」
「目を離すとすぐにあんたを狙う奴が沸いて出てくる。危なっかしくて、出先にも連れて行きたいくらいだ」
「そ、そんなに?」

そこまで危なっかしいと思われてたの、私。しかも、それは絶対にクラウドの勘違いだ。私に言い寄ってくるような物好きな人なんていないだろうし、ヴィンセントさんのあれだって、揶揄っているだけだろうから。そう口に出して言うと、今度こそクラウドは頭を抱えて盛大な溜息を漏らした。

「あんたは、自分がどんな目で見られてるのか知るべきだ」
「…そんなの、わかるわけないよ」
「わかるまで帰さない」

そう言うや否や、クラウドの端正な顔が至近距離に近づいてきて、すぐに重ねられた唇。早急に歯列を割って入ってきた熱い舌がぐちゅりと咥内を撫でた。

「んん、っ…!?」

待って、という言葉は全て吸い込まれて、代わりに自分でも驚くほど甘い吐息が漏れた。しばらく咥内を好き勝手に暴れた器用な舌が引き抜かれて、耳元に寄せられた唇。それだけで顔に熱が集まって、身体がぶるりと震える。

「…隣にマリンたちが寝ている。聞かれたくなかったら、声、抑えてろよ、ナマエ」

吐息たっぷりに囁かれた言葉に耳を疑ったのは一瞬で、ふわりと浮いてシーツに沈められた身体。ああ、やっぱり、まだすごく怒ってる。私の上でぎらりと光った蒼い瞳に、顔が思い切り引き攣る。結局、散々クラウドに良い様にされて、音をあげたのは私の方だった───。


(→あとがき)
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