動きだす歯車


「あっ」

孤児院への道すがら、脇に立っていた小さな男の子がクラウドを見るなり声を上げた。その瞳に浮かぶのは不安の色。ちらりと私を見てほんの少し首を傾げたかと思えば、すぐに視線はクラウドに戻された。

「おまえは……」
「エアリスは?」
「リーフハウス」

クラウドが答えるなり、その子はすぐさま駆け出してしまう。どこか慌てた様子だったことから、何かトラブルでもあったのだろう。隣で怪訝な表情を浮かべるクラウドを見上げて、その顔を覗き込む。

「知り合い?」
「エアリスの、な」
「そう…。孤児院なら行く先は一緒ね。行こう、クラウド」

クラウドが私を見て頷いたのを確認して、僅かばかり歩みを早める。何故だろう、嫌な予感がする。やっぱり一度どこかで本社と連絡を取るべきだとは思ったものの、この場をクラウドに勘付かれず自然に抜け出すことは難しそうだと、どこか焦る気持ちを抑えて孤児院へと急いだ。


***


孤児院前の広場には、もう既にエアリスと先程の男の子が何やら話し込んでいる姿があった。その場へと近付いたクラウドがふたりに向かって声を掛けるのを少し後ろから窺う。

「なにかあったのか?」
「うん、子供たちの遊び場で、ちょっとね」
「遊び場に黒い服の人が入ってきて、怖がった子たちが外に出ちゃったんだ」

その子の口から出た黒い服の人という言葉に、私は思わず目を見開いた。タークスか、と瞬時に問い返したクラウドに、そんなわけはないと心の中で反論する。黒い服、脳裏に過ぎったのは、───あの男。5年前に殉職したとされている、伝説のソルジャー・クラスファースト。嫌な予感はこれだったのかと妙に納得する。生きているはずがないとわかってはいても、私はどうしてこうも不安になっているんだろう。

「ボロボロのマントを着て、いつも街の中をフラフラと歩いてる人。ビョーキなんだって。あと、腕に数字が書いてあるんだ」
「まって、腕に、…数字?」
「う、うん。右腕に"2"って書いてるのを見たんだ」

突然横から口を挟んだものだから、男の子は驚いたようにおずおずと口を開いた。右腕に、数字。実際に見てみないことにはわからないが、もしもそれが識別番号のような刺青を意味しているのであれば、微かに思い当たることがある。当たってほしくは、ないけれど。

「ナマエ、何か知ってるの?」

しばらくひとり考え込んでいたせいか、エアリスが不思議そうに私を覗き込んだ。それに首を振って答えて、嫌な考えは頭の片隅に無理やり追いやった。ここで考え込んでいても埒が明かないし、万が一勘が当たっていたとしても、その時は主任の指示を仰ぐだけだ。

「ただ事じゃなさそうだし、様子を見に行ったほうがいいんじゃないかな」
「そう、だね。心配だから、行こう。…でもナマエ、怪我は、だいじょうぶなの?」
「本当に大した怪我じゃないから平気。それに…、」

心配そうに私を見つめるエアリスに頷いてみせて、すぐ傍に立つクラウドに視線を移す。不思議な輝きを放つ魔晄の瞳をじっと見つめると、私が言おうとしていることが伝わったのか、呆れたように肩が竦められた。自分の身は自分で守れるし、邪魔はしないから、と。

「…危なくなったら、隠れてろ」
「うん、わかってる」
「クラウドも、来てくれるの?」
「ああ。似た男を知っているんだ」

クラウドが放った言葉は、私の予感を確信に近づけるものだった。どこか焦燥感に似たような感情を抱えながら、先を歩き出したクラウドたちの背中を追う。そんな中、ピアスから間の抜けた声が耳に響いた。

『状況はどうだァ?そろそろあの仏頂面を手玉に取った頃かよ、と』

反応することすら面倒な一方的な内容に溜息が零れそうになったのを何とか堪えて、左腕につけた時計の文字盤に右手でそっと触れる。指先でトン、とガラス面を叩き、爪先で引っ掻く。それを何度か繰り返していたら、無線の向こうでレノが笑った。

『っくは、"ウルサイ"って、おまえなァ。あー、とりあえず報告だぞ、と。近いうちにデカい計画が動く。また連絡すっから、無線切んじゃねーぞ、と」

それだけ言い終わるや否や、プツリと無線は一方的に遮断された。レノが言う大きな計画については見当もつかないけれど、無線を外すななどという当たり前の忠告をするためだけにわざわざ連絡を寄越してきたんだろうか。怪我が完治していないことを理由にオフィス待機を命じられて燻っている姿が容易に想像できて、自業自得だとひとり呆れる。そんなやり取りをしながらも歩みは止めなかったおかげで、先を行くクラウドたちには特に何かを勘付かれることもなく目的地へと辿り着いた。

「みんな!エアリスを連れてきた」
「もうだいじょうぶ。わたしたちに、任せて」

人ひとりがやっと通れるような狭い間を抜けた先では、大勢の子供がそわそわとその先に続くバリケードの奥を見つめていた。エアリスの言葉に少し安堵の色を見せながらも、不安な様子は変わらない。何でも、黒い服に驚いた数人の子供が、魔物が出るバリケードの先に逃げ出してしまったらしい。子供たちに促されるままに、ぽっかりと空いた間を潜り抜けて先へ進む。

「みんな、どこに行っちゃったんだろう」
「子供の行動は予測できないからな。探し回るしかない」

しばらく人の手が入っていないのか、市街地よりも更に荒廃したその場所は、言うまでもなく魔物の格好の住処となっていた。怪我を負っているからか、行く先々で魔物が襲い掛かってくる度、何も言わずともふたりに庇うように立ち回られて、自分でもよく分からないままに苛立ちにも似た感情が募る。それが何故なのか、何を意味しているのかは考える必要なんてなかった。利用するだけ利用したら、ターゲットは始末するだけなんだから。

その時の私の表情が酷く痛々しいものだったなんて、自分では気付くこともなかった。
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