ふたつの影


どうして、か。気まぐれだと答えたはいいものの、果たして本当にそうだっただろうかと自問自答を繰り返す。ナマエの言うとおり、俺は他人に世話を焼くような性質ではないし、もっと言えば赤の他人に対してこれといった感情が沸くこともない。それなのに、どうして俺はナマエを放っておかなかった?すぐに手当てをしなければならない程の怪我だったか?あの時、自分が何を思ってナマエの腕を取ったのか、よく思い出せない。───違うな、何かを考えてそうしたわけじゃない。身体が勝手に動いていたという方が正しい気がする。

「…どうかした?」
「いや、なんでもない」

微かに怪訝な表情を浮かべたナマエに首を振って、肩を並べて歩くその横顔をちらりと窺う。他人のことを言えた義理ではないが、こいつも相当感情が乏しいように見える。隠しているだけなのか。もしかすると、こいつも親しい間柄では心から笑ったりするんだろうか。そんなことを考えて、想像もできなくて思考を放棄した。最初のように、あからさまに作った微笑みなんかより、今のほうがずっとマシなことは確かだ。俺とナマエは、どこか似ているのかもしれない。何故そう思ったのかは、わからないが。


***


狭い伍番街スラムで待ち時間を潰すのには限界があった私とクラウドは、武器屋の横に並んで腰を下ろした。左足に巻き付けられた血が滲んだハンカチに視線を落とすと、クラウドも同じようにそれを見て口を開いた。

「痛むか?」
「平気。見た目ほど痛くない」
「そうか」
「案外心配性なんだね」
「…助けた手前、気にかけるのは普通だろ。それより、意外だとか案外だとか、あんたに俺の何がわかる」

それもそうだね、と苦笑して返したら、その返答に納得がいかなかったのか微かに寄せられた眉。ついさっき私も同じことを考えてたんだけど。買い言葉に売り言葉で返しそうになってぐっと堪えた自分を褒めたい。そんな仕様もないことに時間を費やしている暇は無い。私には、あなたから情報を引き出すという重要な任務があるのだから。

「エアリスとはどこで?」
「教会でたまたま助けられた。今はボディガードの最中だ」
「ボディガード?」
「…訳は知らないが、タークスに追われているらしい」
「タークス…、そうなんだ」

忌々しそうな表情を浮かべたクラウドに、保護対象として監視しているだけだ、という言葉は呑み込んだ。強引に捕らえたり、執拗に追いかけ回しているわけではないけれど、エアリス本人も含め傍から見たらそう誤解されるのは致し方ない。でも主任は、エアリスの"自発的な協力"を第一に動いている。それが得られなければ、捕らえたところで何の意味もないのだと再三にわたりタークス内に周知されてきた。

「驚かないんだな」
「なにを?」
「タークスを知ってるのか?」

クラウドの言うとおり、先ほどの私の反応はタークスを当然のように知っているかのようなものだった。知らない体のほうが波風は立たなかったかもしれないが、今となってはもう遅い。別にそれくらい、ミスにもならない小さなものだから気に留める必要もないけれど。

「噂でなんとなく、ね。…酷い組織なんでしょ?」
「ああ、あれも神羅の闇のひとつだ」
「だからクラウドが守ってあげてるってことね」
「仕事だからな」

よくもまあ要らないことを。この件についてはあとで報告を入れておこうと心に留めて、散々な言われように分かっていたけれど思わずそっと溜息を吐き出した。神羅の闇、か。過去に神羅と相当ないざこざがあったのか、感情が読み取りづらいあのクラウドが嫌悪感を顕にするくらいには私たちは嫌われているらしい。あまりこの話題に触れられ続けてどこかでボロが出たら適わないと立ち上がった瞬間に、腕に嵌めていたバングルが外れ軽い金属音とともに地面に落ちた。それをクラウドが拾い上げて、内側のマテリア穴を見つめる。

「あ、ごめんね。…どうしたの?」
「かいふくマテリアしか持ってないのか」
「え?あぁ、うん」

何をそんなに不思議そうにしているんだろう。かいふく魔法だけあれば事足りるし、気力を使ってまで攻撃魔法を使うなんて効率が悪い。ただ疲れるだけなのに。

「あんた、武器は?」

未だ座ったままのクラウドが私を見上げて投げかけてきた問いかけに、ふと試してみたいことを思い付いた。それができる環境は、幸運なことに整っている。口角を上げて膝を折って中腰になり、クラウドの耳元に顔を寄せる。

「…見たいの?」
「っ、…どういう意味だ」

その近さからか、態と吐息混じりで吹き込んだ言葉からか、仰け反るように距離を取られたけれど、金色の髪の間から覗く耳が赤く色付いていることに気付いてほんの少しの加虐心が芽生える。押せば引かれるかと思ったけれど、それは勘違いだったのかも。案外、こういう方が効果てきめんだったりして。

「どういう意味って…そのまんまだけど。武器、見たいんでしょ?」

折っていた腰を伸ばして、するりと膝上丈のワンピースの裾を摘む。怪訝な表情でそれを見るクラウドに、そのままするすると裾を捲りあげて、下着が見えないすれすれで手を留めた。ぎょっと目を見張ったクラウドが、耳だけではなく顔まで真っ赤にして慌てて顔ごと視線を逸らしたものだから、思わず笑いが零れてしまった。

「───っ、あんた、バカなのか?」
「見たいって、クラウドが言ったんでしょう?」
「言ってない。そもそも、なんで…そんなとこに、」

クラウドが言う、"そんなとこ"というのは多分、レッグホルスターのことだろう。パッと見はガーターベルトで、革製のガンホルスターが付いているものだ。何もこんな目的で着けているわけではなく、手持ちの荷物が減るという利点があるから着けているのであって、そこまで過剰に反応されると私まで恥ずかしくなってくる。相変わらず赤い顔のクラウドに、ホルスターからハンドガンを引き抜いて手渡した。

「それが私の相棒」
「……口で言ってくれ」
「次があったらそうする」

深い溜息をついたクラウドに苦笑しながら、ハンドガンを受け取ってまたホルスターに収め直す。あえてクラウドには言わないけれど、攻撃魔法を使う必要が無いのは、このハンドガンのおかげだ。弾丸は神羅特注のもので、人間はもちろん魔物にも効き目抜群の猛毒が内部に仕込まれている。命中したら最後、弾丸の表面が体内で溶けだして猛毒にじわじわと冒される。無慈悲な殺傷の為だけに作られた特注品。こんな物騒な武器を使ってる以上、タークスを神羅の闇だと言ったクラウドもあながち間違いじゃない。

「そろそろ戻ってもいい頃じゃない?」
「…ああ」
「なんか、疲れてる?」
「誰のせいだ…」

眉を顰めて憔悴したような表情のクラウドにくすくすと笑って手を差し伸べる。その手を暫く見つめてから、漸く重ねられた革製グローブのそれを握って、クラウドを引き上げるように立たせた。来た道を並んで引き返しながらふと思い返す。そういえば私、気付けば自然と笑ってた気がする。任務で笑うことなんて初めてだったかもしれない。やっぱり、クラウドといると、調子が狂う。そんなことを思いながら、まだ陽が高いスラムに伸びるふたつ分の影を見つめた。
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