変わりゆく心は


腕を引かれるままに連れて行かれた先は、孤児院前の広場だった。自分が想定していた流れとは異なる今の状況に困惑する反面、これはチャンスでもあるんだと自分を奮い立たせる。走り回る子供の間を縫って進んだクラウドは、子供に囲まれて微笑む一人の女性の前で立ち止まった。

「あっ、クラウド。…あれ?その人は?」
「エアリス、すまない。手当てをしてやってくれないか」

淡い栗色の髪をピンクのリボンで束ねたワンピース姿の女性。───エアリス、そうだ、彼女が主任が探している古代種。まさかこんなに早く接触できるとは思ってもいなかった。やっぱり、運はタークスに味方しているようだ。

「たいへん、怪我、してるね」

私の左足に視線を落としたエアリスに手を取られ、木製の椅子に座らせられる。クラウドと同じように足元にしゃがみこんだ彼女は、ワンピースのポケットからおもむろに白いハンカチを取り出した。

「まって、ハンカチ汚れちゃう」
「だいじょうぶ、気にしないで」

ふわりと微笑んで、手早く傷口を覆うように巻かれていくハンカチ。澄んだペリドットのような瞳が伏せられて、ほっとしたのは何故なんだろう。血が滲んで、白いそれが赤く染まっていくのを、どこかぼーっと見つめる。じわりと色を変える様は、まるで私たちタークスのようだ。誰しも、与えられる熾烈な任務に最初から罪悪感を覚えなかったわけじゃない。それこそこの白い布のように、無垢に正義を信じていた。神羅のためと心を押し殺す内に、噎せ返るような血の匂いにいつしか何も感じなくなって、気づけば私の手は真っ赤な鮮血に染まっていた。だからこそ、クラウドやエアリスの飾らない無垢な気遣いに、私は恐怖すら感じてしまっているのかもしれない。

「あなた、名前は?」
「…ナマエ」
「ナマエ、本当の自分を見つけるの、難しいよね」

ペリドットの瞳は伏せられたまま。小さく呟かれたその言葉に、思わずエアリスを凝視した。それは私に向かっての言葉のようでもあったし、エアリス自身に向けての言葉にも取れた。ふと顔を上げたエアリスと視線がぶつかって、困ったように微笑んだ彼女に心臓が大きく脈打った。クラウドにも感じた、全てを見透かされているような不安。いや、違う。エアリスは、きっと何かに気付いている。そんな確信のようなものを確かに感じて、それでも肝心の核心には触れてこないエアリスに、私は視線を逸らすしかなかった。

「よし、これでだいじょうぶ。ナマエも、後で家に来て。応急処置だけだから、ちゃんと消毒、しなくちゃね?」
「え?あ、…うん」

つい先程までの重い空気を一掃させて明るく言ってみせたエアリスに、呆気に取られながらも頷く。古代種の保護も任務の内なのだから、それは願ってもみない申し出ではあったけれど、いつか本当に全てが明るみにされてしまうんじゃないかと正直なところ怖かった。それに、何かに気付いているであろうエアリスが、どうしてここまで私に構うのかが全くもって分からない。普通、自分にとって危険分子なら、排除したいとまでは行かなくても、近づきたくないと思うのが人間の心理でしょう?それを優に踏み越えて、さらには距離を縮めてくるエアリスという人物が、私には理解できない。

「クラウド、リーフハウスの飾り付け、まだかかりそうなの。ナマエともう少しだけ、待っててくれる?」
「ああ、わかった」

少し離れた場所に立っていたクラウドには、エアリスとのやり取りは聞こえていなかったようだ。クラウドの返事に満足げに笑ったエアリスが、そのまま孤児院の中へ入っていくのを見送って、私はクラウドに向き合った。そろそろ一度、報告のために無線のひとつでも入れたいところだけど、今下手に動いて怪しまれるのだけは避けたい。何を考えているのか微塵も読み取れない表情でじっと私を見つめるクラウドに、再び居心地の悪さを感じながら首を傾げる。

「そういえばあんた、戦えるのか?」
「まぁ、少しなら…。苦手、だけど」
「市街地に魔物が出ることはないだろうが、怪我もしてるんだ。戦闘になったら俺の後ろに隠れてろ」

嘘も方便、口からでまかせ。タークスの一員である私が、戦えないわけがない。戦闘向きのレノやルードに比べてしまうと劣るけれど、それでも並大抵の相手なら負ける気はしない。クラウドから返ってきた言葉に、彼には特段何か勘付かれているわけではないことを確認して、内心ほっと安堵した。意外にも優しいその気遣いに、もっと人を疑うべきだとひとり呆れる。なんだか、毒気が抜かれるというか、調子が狂うというか。いや、こっちとしてはやりやすくて助かるけれど、と言い訳のように自分に言い聞かせて、市街地へ向かって歩き出したクラウドの背中を追う。

「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ」
「どうして放っておかなかったの?あまり人にお節介を焼くタイプには見えないんだけど」
「…特に理由はない。気まぐれだ」

気まぐれでお節介を焼くようにはもっと思えないんだけど。やっぱり取っ付き難いな、今回のターゲットは、と心の中で悪態を吐く。ちらりと私を振り返ったクラウドの視線が何故かあまりにも暖かく見えて、クラウドには見えないように小さく苦笑した。
この時にはもう、自分の中で何かが少しずつ変わり始めていたことに、私は気付かないフリをしていただけなのかもしれない。
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