守りたいもの、守れるもの
「クラウド…、ごめんね」
小さな声で呟けば、クラウドの長い睫毛が揺れた。
「……ナマエ…?」
ゆっくりと瞼が開かれ、魔晄色の瞳が私を捉える。うん、と頷けば、クラウドは微かに口元を緩ませて笑った。
「夢、か?」
「夢じゃないよ」
「……ナマエ、すまなかった」
私を見上げたクラウドが眉を下げて、グローブをつけた手を伸ばして頬に触れた。グローブ越しにほんのり熱を感じて、クラウドのその手に自分の手を重ねて握った。
「どうしてクラウドが謝るの。謝らないといけないのは私、なのに……」
「あんたが何かを抱えていたのはわかっていた。だが、踏み込んだら俺の前から
あんたがいなくなる気がして……俺は見て見ぬ振りをしてしまった」
「クラウド…」
握りしめた手に力を入れれば、クラウドがゆっくりと上体を起こして私に向かい合った。もう一度、すまなかった、と言ったクラウドを思わず抱き締めれば、逞しい腕が背中に回された。
「私、クラウドをずっと騙してた」
「ああ」
「任務のために近付いた。任務が終われば、すぐに消えるつもりだった」
「…そうか」
「でも、クラウドの傍にいる内に、なんで私はタークスなんだろうって……なんでこんな出会い方だったんだろうって、どんどん辛くなったの」
話している内に涙が溢れて、クラウドのニットを濡らしていく。後頭部に添えられた大きな手が、ゆっくりと頭を撫でるから、私はぐりぐりと厚い胸板に顔を押し付けた。
「好きになっちゃったの、クラウドのこと。そんなの、いけないことなのに、抑えられなかった……」
「やっと、聞けた」
「うん、好き、大好き…。許して欲しいなんて言えない。でも、今度こそクラウドたちを守らせてほしい。許してもらえなくてもいいから、傍にいさせて」
「当たり前だろ。最初からあんたを責めるつもりはない。もう二度と離さない。俺も、あんたを守る」
優しい声色に顔を上げれば、親指で涙を拭われて、そのまま温かい唇が重ねられた。角度を変えて、何度も啄むような口付けだった。嬉しくて、切なかった。
「ん、っ、…」
「っは、……好きだ、ナマエ」
「んぅ、わ、たしも…すき…」
徐々に深くなるそれに、私もクラウドにしがみついて必死に応える。隙間を埋めるようにぴったりと合わさった唇が温かくて、どうしようもなく胸が締め付けられた。もう離れなくてもいいんだと思えば、やっぱり涙が零れた。
***
どうやらクラウドたちは、案の定屋上からヘリでの脱出を画策しているらしい。この研究エリアを抜ければ上まで一気に登れるけれど、気になるのはセフィロスのことだった。生きているはずがないのだ、あの男は。そうなれば先ほどのセフィロスはきっと、宝条が絡んでいると見て間違いがないだろう。この先に進めばきっとセフィロスがいる。私に、守れるだろうか。
クラウドと、それからここで出会ったという宝条の被検体だったレッド。人間ではないけれど、人間の言葉を話せる種族らしい彼は、私を見て瞬時に全てを理解したらしい。早く行こう、とだけ発して先を先導するレッドに続いて、私はなんとかティファやエアリス、それからバレットと再会することができた。
「ナマエ…!良かった!無事だったのね…!」
「ティファ……」
ティファが私をぎゅうっと抱きしめて、そう言った。
「ティファ、ごめんなさい…。私、あなたの大切な場所を……」
「ナマエのせいじゃない。それに、エアリスを助けてくれたの、ナマエでしょう?本当にありがとう」
「………うん」
おずおずと細い身体に手を回して抱き締め返せば、ティファはおかえりと言ってくれた。どうしてこの人たちは、酷いことをした私に優しくしてくれるんだろう。どうして私は、この人たちを裏切ってしまったんだろう。今更、押し寄せてくる強い後悔に押し潰されそうになる。
エアリスはにっこり笑って、傍で私たちを見つめていた。傍へ歩み寄ってきた険しい表情のバレットに気がついて、ティファからゆっくり離れて彼に向かい合う。
「ナマエ、だったか」
「……はい。バレットさん、本当に、本当にごめんなさい。私は許されないことをしました」
「………」
「どう償えばいいのかわかりません。取り返しもつきません。ですが……、今私がここにいるのは、エアリスを守るという命令を受けたからです。ただ、その使命を全うするためだけにここにいます」
「悪いが、俺はアンタを信用はできねぇ」
「はい、それで構いません。口ではなんとでも言えます。行動で示さなければならないのはわかっています。不審だと思えば、いつでもその銃の引き金を引いてください」
「……おう、わかった」
真っ直ぐにサングラスに隠れた瞳を見て言えば、バレットは渋々頷いた。
信用なんてされなくてもいいんだ。そんなものは求めていない。ただ、今度こそ私が彼らを守りたいだけ。贖罪なんてものではなく、今度こそ、自分の本心に従って、考えて、そうして彼らの傍にいさせてもらいたいだけだ。
「この先にはきっと、セフィロスがいる。プレジデントもいる。危険な道程になるけれど、私が必ず皆を外に逃がすから」
「ナマエ、それは違う。あんたも一緒だ」
「クラウド……。うん、行こう」
クラウドがそう言えば、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。ああ、好きだな、なんて改めて思う。この人を好きになって、本当に良かった。クラウドの手を取ってきゅっと指を絡める。クラウドは目を細めて笑って、小さく頷いた。
そうして私たちは最上階へと続くエレベーターに乗り込んだのだった。