もう一度あなたに
「クラウド!」
薬品の匂いが立ち込める研究棟に辿り着けば、床に転がる宝条と既に解放されたエアリスの姿を見つけた。慌てて駆け寄れば、エアリスはほっと安堵の表情を浮かべた。
「一体何があった?」
「ナマエが、助けてくれたの」
「っ、ナマエが…?」
エアリスからナマエの名前が出た途端、俺は目を見開いた。
ナマエがエアリスを解放した?それじゃあ倒れている宝条もあいつが…?だがナマエはタークスだ。神羅に歯向かうようなことをして、ナマエは大丈夫なのだろうか。
「ナマエだと…?あの女がなんで助けるんだぁ!?あいつは神羅の手先じゃねぇか!」
「バレット……」
案の定声を荒げたのはバレットだった。ティファはそれを宥めつつ、ティファ自身も何が起きているのかわからない様子で困惑している。その時、エアリスが静かに首を振った。
「違うの。ナマエは、たしかにタークスだけど、でもずっと、悩んでた。私たちを助けるって、簡単じゃないよ。…自分の立場も、危うくなるんだもん。それでも、危険なの、わかってて、助けてくれた。……ナマエは、ナマエだよ」
その言葉に、バレットは口を噤んだ。エアリスの言うとおりだった。自分の身に危険が及んでまでエアリスを助けるメリットがない。最後に見たナマエの悲痛な表情が脳裏に蘇る。あいつはやっぱり、たったひとりで神羅に立ち向かおうとしている。俺たちに、贖罪するために。
「バレット…。私もね、ナマエに裏切られたんだって知った時、たしかに恨んだよ。だって、私たちの居場所、本当に無くなっちゃったから…。でも、今まで見てきたナマエが全部嘘だったとはどうしても思えないの。エアリスのことだって、ひとりで宝条に立ち向かって助けてくれた。だから……私は、もう一度ナマエに会いたい。会って、ちゃんと話を聞きたいの」
「………ティファ、でもよ…」
「バレットの気持ちもわかるよ。まずは、ちゃんと話を聞いて、それから考えてもいいんじゃないかな?」
「ちっ………しょうがねぇな…」
渋々頷いたバレットは、溜め息を吐き出しながらうろうろと辺りを歩く。ティファと目が合えば、にっこりと温かい笑顔が返ってきた。
「すまない。ありがとう、ティファ…」
「ううん。クラウドやエアリスの大切な人なら、私にとっても同じだから」
ああ、と頷いた瞬間、倒れていた宝条が身動ぎする気配を感じる。はっとしてバスターソードに手をかけ抜刀すれば、宝条は頭を抑えながらふらふらと起き上がった。
「う、ぅ……なんだ、何が起きた…?」
「……宝条」
「うーん?おまえらはなんだ?何故エアリスは外へ出ているのかね?」
「そんなの、逃げるために、決まってるでしょ?」
宝条を指差して自信たっぷりに答えたエアリスに、宝条は下卑た笑みを貼り付け、さも可笑しそうに笑い出した。その異様さに反吐が出そうだと思いながら、バスターソードの剣先を宝条に向ける。
「エアリスは返してもらう」
「返す?くっくっ、彼女は神羅、いや最初から私のものだ。だがまぁ、精精やってみるといい。出来るなら、だがね」
その言葉と同時に、宝条はリフトへ走り出し、すぐに何らかの装置を操作した。緊急アラームのような騒音が辺りに鳴り響き、次の瞬間には機械兵が2体その場に飛び出してきた。
「やるぞ」
「うん」
それぞれが顔を見合わせて、それに向き合う。
ナマエに会いたいんだ、邪魔はしないでくれ。
俺たちはそんな思いを抱えながら、構えた武器を振り翳した。
***
さっきからビル内が騒然としている。研究棟で騒ぎがあったと、すれ違った研究員が電話で話しているのを聞いた。クラウドたちなら大丈夫だと信じているけれど、宝条のことだ、どんな手を使ってくるのかわからない。随分長い間全力で走っているせいもあって、息が切れ肺に痛みが走る。けれど足を止めるわけにはいかない。走り続けろ、クラウドたちに会えるその時まで。
警備体制が厳重になっている今、きっと正面からビルを出るのは無理だ。そうなれば、彼らが行く先は屋上だろうか。とにかく一度研究棟に寄って足取りを掴もうと、エアリスを助け出した部屋へと再び飛び込んだ。
「……いない…」
そこにはクラウドたちの姿もなければ、宝条すらいなかった。あるのは故障して火花を散らす機械兵だけ。けれど破壊された設備から、誰かがこの奥へ進んだことだけはわかった。その誰かは、忘れられなくて、会いたくて仕方がない愛しい人に違いないことも。
それから痕跡を辿って駆け抜けるけれど、一向にクラウドの姿は見当たらなかった。とうとう行き着いたのは、特秘研究施設だった。一度も入ったことがない、セキュリティレベルもビル内で最高峰の場所。広がる巨大な穴のような空間に、外壁には無数の被検体が所狭しと並べられている異様な雰囲気。思わず眉間に皺が寄るけれど、次の瞬間には小さな話し声が聞こえてきた。
「受け入れろ」
ぞわりと背筋が泡立つような、冷たくて人間らしさが無いそんな声だった。ああ、あの男だと直感する。
震えそうになる足を叱咤して下を覗き込めば、クラウドたちの姿と、長い銀髪を揺らすセフィロスの姿。幻覚かと思ったし、むしろそうであって欲しかった。しかしそんな願いも虚しく、クラウドが大剣を抜いてセフィロスに向かって斬り掛かるのがスローモーションに見えて。気が付けば私は鉄柵を蹴って下へと飛び込んでいた。
長剣でクラウドの一閃を軽々と受け止めるセフィロスの姿が、降下中の視界に映る。そして、クラウドは跳ね飛ばされるように、空中へ投げ出されていた。お願い、お願い間に合って。クラウドの身体が真っ逆さまに地下深くへ落ちていく。必死に手を伸ばして、なんとか私はその身体を抱き締めることができた。
「ナマエ!?」
落ちていく瞬間、エアリスやティファの驚愕した表情が見えた気がした。頷いて見せたけれど、それが彼女たちに伝わっていたかはわからない。とにかく必死に、意識がないクラウドの頭を胸にぎゅっと抱き抱えて、私は来るであろう強い衝撃に備えて身を固くした。