非力なこの手にできること


鉄骨に身を隠して、ふうと息を吐いた。私に怪我のひとつもないことは当たり前として、クラウドにも目立った被弾の跡がないことに胸を撫で下ろした。ぎゅうと後ろから、私を守るように抱き締めている逞しい腕に、そっと手を添える。クラウド、と名前を呼ぼうとして、階下から鉄階段を駆け登ってくる別の足音が聞こえ身構えた。下からも援軍を送って寄越したのかと考えたけれど、その足音がひとつだったこと、ヘリの機関砲が私たちを逸れそちらに向かって放たれたことで、慌ててクラウドの腕を振りほどくように身を乗り出した。

「っおい、ナマエ!」
「クラウド!ティファが…!」

階段の手摺に手をかけ、下を覗き込んでやっぱりかと目を見開いた。段飛ばしで登ってくるのは、黒髪を靡かせたティファ。銃弾は何故かルードの制止によってティファ自身に当たることはなかったけれど、不運なことにティファの目先の階段に風穴を空けた。

「ティファ!飛べ!」
「っ、クラウド!」

クラウドが咄嗟に伸ばした手に、かろうじて落下を免れたティファが飛びついて難を逃れた。鉄柱を背に肩で息をするティファを私も覗き込む。

「大丈夫?」
「うん。ありがとう、ふたりとも。…おまたせ、早く上に行こう」

にっこりと微笑んだティファに、ほっと息を吐いてその言葉に頷く。まだ階段はしばらく続いてる。焦る気持ちを抑え込んで、私たちは駆け出した。


***


また、この非力な手は、誰も助けられなかった───。崩れ落ちるように、ぽたぽたと涙を流すティファにかけられる言葉が、どう頑張って思考を巡らせても見つからない。その傍らには、傷だらけで瞼を下ろして動かない女性を、クラウドが抱き抱えている。無理だとわかっていても、また魔法を使おうとした私を、クラウドが首を振って止めたのだった。この先、もっと厳しい戦いが待っている、だからもうそれ以上気力を使うな、と。ティファの小さく丸まった背中を見つめることしかできない、そんな自分に腹が立って仕方ない。表情を変えないクラウドもその実、奥歯を噛み締めて必死に平静を装っていることだって知ってる。彼らにこんな悲痛な思いをさせているのが、私たちだということも。

「…先に、行ってるね」

かけられる言葉も、震える背中を抱き締める資格も持たない私が出した答えは、そのひとつだけだった。静かにかけた言葉にふたりはぴくりと反応する。

「ナマエ、待て、ひとりじゃ…」
「その人を、少しでも安全なところへ運んであげて。大丈夫、無茶はしないから」

アバランチのことも、クラウドの腕の中の女の人も、私はなにひとつ知らない。憎むべき敵で"あった"としか。だから、たとえほんの一時であっても、私のような部外者が立ち入らない時間を作ってあげたかった。それが果たして意味を持つのかは、わからないけれど。
静かに頷いたふたりに背を向けて、さらに上へと登るべく鉄階段に足をかける。ここを登りきったら、レノやルードと本気で戦うことになるかもしれない。頭が切れる上に、手合わせでただの一度も勝てたことがない"先輩方"を相手にして、私が勝てるとは思えない。

「……、……っはぁ」

震えてる。足も、手も、小さく震えていた。相当緊張感が高まっているんだと、ここにきて初めて気付く。なんだかそれが酷く新鮮で、でも心は穏やかで。覚えのない不思議な感覚に思わず苦笑が零れた。ゆっくりと一段一段、鉄階段を踏む。もう頂上はすぐそこだ。誰かの怒号がはっきりと耳に届くようになってきた。

「ナマエ、待って!」
「……ティファ、」

足音と共に背後からかけられた声に振り向くと、ティファが覚悟を決めたような表情で立っていた。もう悲しみの色は浮かんでいない。あるのは、ひしひしと伝わる怒りの色だった。すぐ後ろにはクラウドの姿もある。頷きあって、プレートの落下を阻止するべく、最上部へと駆け出した。

「バレット!」
「おう、気を付けろ!」

旋回するヘリに向けて右腕のガトリングガンを乱射する大柄な男にティファが駆け寄る。バレットと呼ばれた彼が、コルネオが探していたアバランチの顔なんだろう。

「あん?おまえ、誰だ?」
「ナマエです、事情は後で。今は、プレート落下を止めないと」
「バレット、こいつは信用できる」
「あ?…ったく、後で説明しろよぉ!?」

サングラス越しの訝しげな視線を受け流したところで、それまで旋回していたヘリが飛び去っていくのが視界の端に映った。入れ替わるようにもう一機のヘリが現れ、開いた扉からは見慣れた赤毛が飛び出してくる。

「……タークス」
「お仕事だぞ、と」

クラウドに向かってにやりと口角を上げたレノを真っ直ぐ見つめる。どうするべきかと思案した一瞬の隙に、レノはプレートの操作盤へ走り出していた。咄嗟に走り出そうとするクラウドに向かって、ルードがヘリから機関砲を放つ。

「あんたら、喧嘩売る相手を間違えたぞ、と」

キーボードを叩くレノに、ホルスターにかけた手をぐっと止める。違う、今じゃない。まだ飛び出すべきじゃない。レノもルードも、少しは手負い状態になってもらわないと、こんな状態で止めに入ったところで意味がない。

「はいおしまい……、邪魔するなよ、っと!」

最後の起動ボタンを押される瞬間、クラウドが大剣を振りかぶって踏み込んだことにより間一髪それを阻止することができた。ここから、ここからだ。ごめんね、レノ、ルード。私は私の仕事をするから───。
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