立ち込める暗雲は
「入れ。中でコルネオ様がお待ちだ」
手下が開いた扉をくぐり、趣味の悪さが際立つ部屋へと入った私たちはその場で並んで立ち止まる。奥の豪奢な扉から出てきたコルネオは、特徴的な口調に加えて、にやにやと下衆な笑みを浮かべて舐めるような視線を寄越した。それはさながら、今日の獲物を狙う蛇のようだと、嫌悪感を顔には出さないよう内心悪態を吐く。
「いいの〜、いいの〜。どのおなごにしようかな〜」
端のティファから順に、爪先から頭のてっぺんまでじろじろと眺めるコルネオ。ハイデッカーもどうしてこの気色の悪い男を駒として使っているのか、甚だ疑問でならない。
「おまえにしようかな〜、…それとも、おまえかな〜?いや、こっちのおまえか……ん?」
「……」
ぴたりと私の目の前で立ち止まったコルネオと目が合って、表情が怪訝なものに変わる。まさか、バレた…?覚悟はしていたにしても、ここで言い触らされるのだけは勘弁だ。ごまかすために適当な方便を口に出そうとしたけれど、それは杞憂に終わった。すぐに逸らされた視線は、そのまま私の隣に立つクラウドの元へ。
「…うん、うんうん。……ほひ〜!決めた決〜めた!」
その一言で、この茶番のようなオーディションは幕を下ろした───。
***
「おまえら、お客さんだ。仲良くするんだぞ」
コルネオの手下に連れられた先は、物が散乱し酒の空き瓶が至る所に転がる小部屋だった。恐らくここは手下たちの私室だろう。そして、部屋にいる手下の数は4人。エアリスとティファと、顔を見合わせる。そう、結局コルネオに選ばれたのはクラウドだった。クラウドのことだから特に心配は不要だろうけれど、彼がコルネオから上手く情報を引き出せるとは思えない。早く戻らなければ、コルネオの亡骸と対面する羽目になりそうだ。
「さて、お嬢さん方、準備はいいかい?」
「準備?それなら、いつでも。ナマエ、ティファ、どう?」
「4人か……。うん、急いでクラウドを迎えにいこう」
「早く行かないと、大事な情報源が危ない、かもね」
肩を竦めて放った言葉に、ふたりは言わんとしていることを理解したようで、笑って頷いた。流れ始める不穏な空気に男たちが眉を顰めた瞬間、ティファの豪快な蹴りが目の前の男の顔面に命中した。鈍い音と共に吹き飛ばされた男が床に倒れこんだのを皮切りに、こめかみに青筋を立てた男たちが一斉にこちらへ向かってくる。
───けれど、勝負はものの一瞬だった。
「エアリス、ナマエ、やる〜」
「ティファも、ね。綺麗な蹴りだった」
「そういうナマエも、すっごく強かった」
床に蹲ったままぴくりとも動かなくなった男たちを尻目に笑いあった私たちは、ごく自然な流れで手を合わせた。それこそ本当に、かつてからの友達のように。楽しそうに笑みを零すティファをちらりと窺って、また小さく痛む胸。クラウドの周りに集まる人たちは、やっぱり太陽みたいなんだ。優しくて、暖かくて、眩しい。いっそのこと、嫌いになれたら楽なのに───、そんな仕様も無いことを考えてしまって沈む心。ふたりには聞こえないように静かに息を吐き出して顔を上げた瞬間だった。
「…派手にやったな」
「レズリー…?」
突然背後から掛けられた声に揃って振り返る。そこに立っていたのは、いつかと同じ呆れたような表情を貼り付けたレズリーだった。彼の左手には大きな布袋と、右手にクラウドの大剣。どういうことかと尋ねる前に、レズリーは溜息交じりに口を開いた。
「アニヤンから事情は聞いた。服と装備は返してやる」
「…こんなことしていいの?」
「ふ、おまえらに心配される筋合いはない。あとはなんとかするから、うまくやりな」
どさりと抱えていた両手の荷物をその場に置くと、レズリーは踵を返した。正直、彼が何を考えているのかはわからない。けれど、少なくとも敵意は感じられなかった。
「…とにかく、着替えてクラウドのところに急ごう」
「うん、そうだね」
積もっていく嫌な予感に焦燥感を抱えながら、私は置かれた布袋に手を掛けた───。
***
「なにがどうなってる…?」
ドレスを全て脱ぎ捨てて、元のソルジャー服へを身に纏い終えたクラウドを見て、コルネオは目を丸くし口をあんぐりと開けた。
「質問するのはこっち。七番街のスラムで、手下に何を探らせたの?」
「…何の話だ?」
あくまでも素直に口を割る気はないらしいコルネオに詰め寄るティファと、脅迫まがいの言葉を並べていくエアリスとクラウド。私は余計な口を挟まず、左腕の時計に視線を落としていた。変装してから、それほど長い時間は経っていない。けれど、その間に何か重要な無線が本社から入っていたかもしれない。そう思えば思うほど、焦ってしまう自分がいる。しかも私は、その間にクラウドと───。
「依頼主は?」
「…神羅のハイデッカーだ、治安維持部門統括ハイデッカー」
「神羅?神羅の目的は?」
身を乗り出して続きを催促するティファに、漸く観念したらしいコルネオが放った言葉は…、嫌な予感を現実にするものだった。
「神羅は魔晄炉を爆破したアバランチとかいう一味を、アジトもろとも潰すつもりなのさ。文字通り、潰しちまうんだ。プレートを支える柱を壊してよ」
「───っ!?」
「どういうこと!?」
思わず、口に手を当てたまま固まる。心臓がばくばくとかつて無いほどに大きな音を立てる。頭痛を伴う耳鳴りと、動悸。ティファが血相を変えてコルネオに詰め寄る声すら、遠くに聞こえる。
───プレートを、落とす?神羅が?何百人がスラムに、プレートの上に、住んでると思ってるの?どれだけの人間が犠牲になる?反神羅組織ひとつ潰すのに、そこまでする必要があるっていうの?
「ティファ…、みんな、行こう!」
エアリスの声ではっと我に返る。少しの迷いの後、一緒に駆け出そうとしたのを止めたのはコルネオだった。まだ茶番を続ける気なのか、考えるまでもない問いを出し、それにクラウドが肩を竦めた途端、コルネオは左手で近くのレバーを倒した。咄嗟に一歩避けた私以外が、突然開いた足元の深い穴に吸い込まれるように落ちていく。助ける間も、無いまま。すぐに後を追おうとしてふと立ち止まって、ひとり残された私に気付くこともなく笑い転げているコルネオにゆっくりと向かい合った。