分かつ運命は如何に
「ね、びっくりしちゃった!」
熱気が醒めやらないまま、エアリスと一足先に蜜蜂の館を後にする。入口前でクラウドを待ちながら、私はステージで見た光景を頭の中で反芻していた。一言で言えば、感動するくらい凄かったんだ。アニヤンの挑発を嫌々受けて立ったクラウドは、持ち前の身体能力で完璧にダンスを披露してみせた。観客はクラウドのダンスに魅了されていたし、それは私も一緒だった。惚れた贔屓目も、あったかもしれないけれど。それから、見事アニヤンに気に入られたクラウドはそのままステージ上で"女の子"になった。そろそろクラウドが出てくる頃だろうと入口を見つめていたら、エアリスが私の肩に手を置いた。
「そうだ、ナマエ。ちょっと、目閉じて?」
「え?」
「いいから、そのまま、じっとしててね?」
「?うん……」
そっと目を閉じて言われたとおりにじっと待つ。すぐに柔らかいものが肌に触れて、目元を優しく拭われる感覚。それから、筆のようなものが同じところをなぞって、しばらくした後にそれは離れていった。
「はーい、もういいよ。うん、かわいい!」
エアリスの声に目を開けると、彼女の手の中には化粧道具があった。どうやら崩れた目元の化粧を直してくれたらしい。
「マムに念のため、借りてきて正解だったね」
「……ありがと、エアリス」
にっこり笑った彼女に釣られて、小さく笑う。最初から、全部お見通しだったみたいだ。むしろ、こうなるように仕組まれていたような気さえする。やっぱりエアリスには敵わない、そう苦笑を浮かべたところで館から一際目立つ金髪の"女性"が出てきた。けれど私たちの方に見向きもせず、すたすたと館から離れていってしまう女性。言うまでもなく、クラウドなんだけれど。
「クラウドー?」
「………」
「クラウドさーん?」
「………」
何の反応も示さないクラウドの後を追ってエアリスが声を掛ける。相当今の自分の格好がお気に召さないようで、せっかく綺麗に着飾っているのにクラウドの表情はいつにも増して仏頂面。
「クラウド、ステージ凄かった。格好良くて驚いちゃった」
「……っ、…行くぞ」
いつまでも拗ねられたままじゃこの先が思いやられると、思ったことを素直に口に出してみる。クラウドは少し耳を赤らめて顔を逸らし、ぶっきらぼうにそう言って歩き出した。エアリスと顔を見合わせて笑いあい、私たちもクラウドの後を追う。
この先で待ち受ける残酷な運命を、私はまだ知らなかった───。
***
「───正気か?」
「推薦状があるんだから、問題、ないよね?」
「……どうなっても知らないぞ」
「ご心配なく」
「はぁ…、いいだろう、入れ」
コルネオの手下のレズリーが心底呆れたように奥へと続く扉を開いた。多少は話がわかる人物のようで助かった。明らかにこれから騒ぎを起こそうとしている不審な私たちを通すなんて、どうかしているとしか思えないけれど。クラウドとエアリスが扉の奥へ進んでいくのに続こうとして、擦れ違い様にレズリーと目が合う。
「おまえ……、どこかで…」
「気のせいよ」
「……まぁいい。行け」
冷めた声でそう答えれば、レズリーはそれ以上尋ねてこなかった。
───タークス所属となる前、私は神羅の治安維持部門に籍を置いていた。コルネオは、部門統括であるハイデッカーの犬だ。私はコルネオと直接関わることはなかったが、どこかで見られていたとしてもおかしくはない。例え素性が知られたとしても、口封じをすれば何の問題もない。だからこそ堂々とここに立っている。…けれど、何かがおかしい。
「…ハイデッカーの犬が、一体何を…?」
誰にも聞こえない小さな声で呟く。ハイデッカーがコルネオを使ってまでアバランチに接触する意味は?何を企んでいる?そういえばと左腕を口元に近づけて、はたと気付く。ああ、最悪───。何もつけられていない腕を見て溜息を吐く。今の今まで、綺麗さっぱり忘れていた。腕時計と、さらにはピアスまでも、ドレスには合わないからとマムに無理矢理外されたことを。これじゃ本社から連絡を受けることさえできない。一刻も早く、こんなくだらない茶番を終わらせなければ。
「ナマエ?どうしたの?」
「…ううん、緊張してるみたい」
立ち止まったままの私を振り返ったふたりが首を傾げる。それに首を振って、適当なご託を並べた。
「心配するな。あんたは、俺が守る」
「わ、クラウド格好いい」
「…うん、ありがとう、クラウド」
真剣な表情で紡がれた言葉は、すっと胸に入り込んで溶けた。その一言だけで、不思議な程に凪いでいく心。微笑んで返して、私はふたりの元へ足を踏み出した。
***
気が付けば、見知らぬ部屋にいた。
朦朧とする頭を抑えて、ゆっくりと身体を起こす。何が起きたのか記憶を辿って、罠だったことを理解した。先程コルネオの手下に控え室だと案内された埃っぽい部屋。そこへ入ってすぐに甘い香りが鼻腔をついた。催眠ガスでも盛られたんだろう。嫁探しという割に、随分手荒な真似をしてくれる。流石は蛇男、なんて嫌悪感を顕にした途端、聞き覚えのない声がすぐ傍で聞こえた。
「…大丈夫、ですか?」
「……ええ、何とか。あなたは…?」
烏の濡れ羽色の髪に、艶やかな顔立ちの女性が私を心配そうに見つめている。コバルトブルーのドレスを纏っていることから、聞かなくても本当はわかっていた。この人が、クラウドがずっと身を案じていた、大切な人だと───。
「ティファです。あの、どうしてここに?」
「それは、…あなたを凄く心配している人が、いるからです」
「…え?」
静かにそう答えた瞬間、近くで倒れていたクラウドが身じろいだ。怪訝な顔をしながらもティファはクラウドの傍へ寄って、顔を覗き込む。その光景にちくりと小さな痛みが胸に走った気がした。
「大丈夫ですか?」
「───ティファ!」
「っ、はい…?」
「無事か?」
「……うん」
「そうか…」
「えーっと……もしかして、クラウド!?」
ふたりのやり取りを離れた位置で窺う。口を挟めるような雰囲気ではなかった。クラウドがどうかなんて、関係ない。ティファは、クラウドに特別な感情を抱いていると、嫌でもわかってしまったから。
「…う、」
目を覚ましたエアリスの元へ駆け寄って、身体を抱き起こす。その気配に気付いたのか、クラウドとティファも近寄ってきた。
「エアリス、大丈夫?」
「うん、ちょっとふらふらするけど…。あっ、こんにちは、ティファ」
「…こんにちは」
「わたし、エアリス。クラウドの友達。一緒に、ティファを助けに来たの」
まだ状況が理解できていないティファに、エアリスとクラウドが事情を説明する。しばらくの後、ようやく状況を把握したティファが嬉しそうに微笑んで、それから再び私に視線を移した。
「えっと、あなたは…」
「ナマエだ。事情があって一緒に行動している。それから、ナマエは俺の───」
「っ、名乗り遅れてごめんなさい。ナマエです、よろしくね、ティファ」
「う、うん…」
クラウドが言い出した言葉を無理矢理遮るように、私は口を開いた。クラウドはきっと、私たちの関係をティファに言うつもりだった。でも、少なくともクラウドに好意を寄せているティファには言うべきじゃない。これは偽りの関係、なんだから───。
「ティファ、私たちに手伝わせて?何があったのか、話して欲しい」
おかしな空気を取り払うように、ティファを見つめて言葉を紡ぐ。静かに頷いたティファは、何が起きたのか、それからここで行おうとしている目的について、ぽつりぽつりと話し出した───。