幸せな夢にさよならを


ずきりと痛む腰を庇いながらドレスを纏い直して、化粧台で乱れた髪を適当に手櫛で整える。顔は…、仕方ない、諦めよう。涙のせいで目元が滲んでいるけれど、これくらいなら近づかれなければ気にならない程度だから。ふと鏡越しにクラウドが立ち上がったのが見えて、彼はそのまま私に近づき、ふわりと後ろから腕が回された。

「…クラウド?」
「もう出ないといけないよな」
「うん、エアリスももう終わると思うし」

鏡越しにクラウドを見つめて答えれば、小さく息を吐いたクラウドは私の肩口に顔を埋めた。それにまた締め付けられる胸。甘えてる、のかな…。

「どうしたの?」
「…充電、だ。しばらくあんたとこうすることもできないからな」

小さく呟かれた言葉に、心臓がきゅうと音を立てた気がした。きっと、これは私しか見れない、本当のクラウド。鏡の中の私は、いつの間にか柔らかく笑っていた。こんな顔、自分だって初めて見た。クラウドはこうして、いとも簡単に私の分厚い仮面を取り払う。

「ふふ、そんなの、傍にいればいつだって───」

無意識のうちに口に出していたその言葉は、途中で不自然に途切れた。───バカだな、私。ずっと傍に居られるはずなんてないのに。

「…ナマエ?」

なかなか続く言葉が出てこないことを不思議に思ったのか、クラウドが肩口から怪訝な表情で顔を上げた。咄嗟に首を回して、形のいい唇に触れるだけのキスを落とす。もうこの話は終わり、と意を込めて。それから、幸せな夢に、さよならをするように。

「行こう、クラウド。エアリスも、それから…ティファも、待ってるよ」
「……ああ」

腑に落ちない顔をしているクラウドの手を引いて、私たちは宿屋を後にした。


***


「ふたりとも〜!お待たせ!」
「……エアリス?」

ざわざわとした周囲の喧騒とフラッシュを浴びながら、ジョニーに連れられて屋敷前に現れたのは、深紅のドレスを纏ったエアリスだった。ありふれた感想だが、女は凄いと思う。化粧と髪型と洋服で、ガラリと変わる印象。エアリスも、それからナマエも。

「コルネオは、こういうのが好きなんだって」
「エアリス、すごく似合ってる」
「そうかな、…ありがと、ナマエ」

俺も何か声をかけるべきなのか迷って、結局上手い言葉が見つからず押し黙る。それを気にするでもなく目の前に立ったエアリスは、ナマエには聞こえないくらいの小声で俺に尋ねた。

「ちゃんと話、できた?」
「あ、ああ…」

話が出来たとは言い難いが、少なくとも誤解は解けたように思う。余計なところまで勘付かれてはたまったもんじゃないと、俺はエアリスから屋敷に視線を流した。

「本当に、行く気なのか?」
「ここまでして、行かないって、言うとおもう?」
「…ここは思ったよりも危ないところらしい。オーディションでなにをさせられるのかもわからない。…ふたりで行かせるわけには───、」

ティファの救出は、他に方法を探ればいい。ナマエやエアリスに危険が及ぶのは避けたい。ただ、次にエアリスから飛び出した発言に俺は目を見開いた。

「ふたり?そんなつもり、ないよ。クラウドも、行くんだよ」
「は…?行くって…」
「ほら、こっちこっち」

言うなり市街地の方へ歩き出してしまったエアリス。横で首を傾げているナマエの様子から、どうやらナマエも事情をわかっていないらしい。

「どういうことだ…」
「さぁ…」

顔を見合わせて首を傾げた俺たちは、とにかくエアリスに着いて行かざるを得なかった。
目的地は決まっているようで、颯爽と向かった先は代理人アニヤンがいる蜜蜂の館。エアリスの言葉もそうだったが、狭い路地裏をここに向かって歩いている時から嫌な予感がしていた。

「エアリス、ここは…」
「アニヤン・クーニャンに、推薦状もらうの」
「……一応聞こう。誰の」
「もちろん、クラウドの。そしたら、いっしょにコルネオのところ、入れるでしょ?」

にっこりと笑ったエアリスに、盛大な溜息が零れた。そういうことか。鏡を見ずとも、今の自分は相当に嫌悪感が溢れる顔になっているだろう。

「クラウド、女の子の服も似合うと思う」
「おい…!」

ちらりと俺を見たナマエは、何かを考えるような仕草の後に、納得したようにひとり頷いている。聞こえた、いけるかも、という言葉に目眩がした。

「マムが言ってたけど、アニヤンに目を付けられるなんて、めったにないことなんだって。だから絶対いけるよ」
「いや……」
「ティファを助けるため、でしょ?」
「っ待て」
「いい?する、しないの話は、これで終わり。どうやっての話、しよう」

本気か?こんな体格の女がどこにいる。いくらティファを助けるためとはいえ、流石に無理がある。そう思いつく限りの言葉を並べてみても、エアリスは聞く耳を持つ様子もなく、微笑んで真っ直ぐ店の入口を指さした。

「当たって砕けろ、ね?」
「………はぁ、」
「行ってらっしゃい、クラウド」

エアリスと一緒になって手をひらひらと振るナマエを一瞥して、重い足を引きずるように店に入る。なんで俺がこんなこと…。もう何度目になるかもわからない溜息を吐き出す。今日一日で、数年分の寿命を縮めたような気がする。ティファのためと自分に言い聞かせて、俺は受付の男に渋々口を開いた───。
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