仮面を剥がして 
時計の針がもうすぐ天辺を刺そうとしている。デスクに向かって、死ぬほど嫌いな書類整理に追われてそろそろ首やら肩やらが限界だと悲鳴を上げている。コトリ、と置かれた湯気の立ち上るブラックコーヒーに斜め上を見上げると、感情がそもそもあるのか不思議なくらい無表情の名前。相変わらずだな、おまえ。

「わりーな、名前」
「別に。早く終わらせて帰りたいから」
「あーハイハイ」

ったく、可愛くねえ。そう思いながらも煎れてくれたコーヒーを一口啜る。くそ、ドリップのプロかよ。イリーナが煎れたものとは比べ物にならないくらい美味いのが悔しい。

「あー!名前先輩、そういうのは私がやりますって!」
「いいの、ついでだから」
「はぁ、名前先輩、こんな夜中なのに綺麗。優しい。天使。…先輩も見習ったらどうですかぁ?」
「うるせぇぞイリーナ」

おまえは口じゃなく手を動かせ。いつまでもこの地獄が終わんねーだろ。ってか天使って、おまえ。この年中無表情で何考えてんのかわかんねえ名前がどうしたら天使に見えんだよ。
いつの間にか向かいのデスクで既にキーボードを叩いてる名前をちらりと窺って、溜息が出た。可愛げの欠片もねえこいつが、死ぬほど可愛く見える俺の方がやべーか。
同期入社で、配属先も同じタークス。最初からこいつはこんな感じでくすりとも笑わねーし、戦闘になっても焦った顔ひとつ見たことがない。そんな名前の違う顔が見てみたいと目で追っている内に、気が付けば泥沼にハマってた。笑えねーわ、ホント。

「よっし、ツォンさんのとこに報告いってきます!」
「おー」

イリーナが部屋を出ていって静まり返る室内。聞こえるのは名前が叩くキーボードの音と、俺が仰け反りすぎてチェアが軋む音だけ。もうちょっと会話とかねーかな。あー、俺とは喋りたくもねえってことか?

「なァ、名前」
「なに」
「おまえって、俺のことキライ?」
「…は?」

鳩が豆鉄砲を喰らったかのように見開かれる大きな瞳。あれ、おまえそんな顔も出来んの?

「…どうして」
「なんとなく?」
「別に…キライじゃないけど」
「へぇ」

気が付けば、またいつもの無表情に戻っている名前。じゃあおまえは、誰にだったら笑うんだよ。キライじゃない、ね。悪いけどそんなんだけじゃもう満足できねーんだよな、と。

「俺さ、おまえのこと好きだわ」
「───え?」

デスク越しにじっと瞳を見つめて、あまりにも飾り気のない言葉を吐く。またどうせ表情ひとつ変えずに流すんだろーな、なんて思ったら、名前の顔がみるみるうちに赤くなって、俺の方が狼狽えた。

「は…?」
「っみ、見ないで…」

いや待て待て待て。なんだよその反応。下がった眉尻と、赤く染まった顔と潤んだように見える瞳。ふざけんな、おまえマジで…。
勢いよく立ち上がった反動でガタン、とチェアが倒れるのも気にせず、ぐるりとデスクを迂回して名前の傍へ行く。逸らされた顔にゾクゾクと背筋に何かが走った。

「名前、こっち向け」
「…やだ」

耳まで真っ赤だぞ、おまえ。口角が無意識に上がる。すかさず名前の腕を取って、強引に立ち上がらせてすぐ後ろの白い壁に名前を押し付ける。

「名前、何でそんな顔してんだよ」
「…レノが、変なこと言うからでしょ」
「ふはっ、おまえ、俺のこと好きだろ」

泳ぐ瞳を見つめてそう言うと、さらに赤くなる顔。ああ、くそ、可愛いな。無表情の名前の初めて見る顔。そうさせてるのが俺だと思うと、柄にもなく浮かれてしまう。

「…タークスは私情を挟まない。だから、隠してたのに…。最初から、好きだった…レノのこと」

弱々しく吐き出された言葉に、愛しさが募る。だからポーカーフェイス気取ってたのか。それに最初からって、おまえな。これ以上俺を煽んじゃねーよ、バカだろ。

「名前、」
「…っん!」

啄むように柔らかい唇に触れる。見開かれる瞳に、全部俺のものだと独占欲がとめどなく湧く。角度を変えて唇を合わせていたら、震える手が俺のスーツを弱々しく掴んで、歯止めが効かなくなる。

「は、…名前、俺以外にその顔見せんじゃねーぞ、と」
「レノ、だけ…」
「はは、…あー、ホントたまんねーわ、おまえ」

また唇を重ねた時、部屋の扉が開く音がして視線だけをそこに向ける。ドアノブを掴んだまま固まるイリーナに名前は気付いていない。邪魔すんじゃねーよ、イリーナ。人差し指を立てて、怒りを込めて睨んでやったら、こくこくと必死に頷いてイリーナは慌てて扉を締めた。主任に告げ口とかしねーだろうな、あいつ。
目の前で蕩けた顔をしている名前にニヤリと笑って、耳元に口を寄せる。また邪魔でも入ったら面倒だから、とりあえず。

「名前、続きは俺の部屋で、な」

顔を真っ赤にしたまま小さく頷いた名前の手を取って、俺たちは部屋を後にした。


(→あとがき)
    
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