天望荘の自室で、手持ち無沙汰にバスターソードに研磨用クロスを掛けていた時に、扉が軽くノックされた。ああ、もうそんな時間なのかとその音で初めて認識する。
「クラウド、いる?」
「…ああ」
「入ってもいい?」
「だめだと言っても入るんだろ…」
「ふふ、よく分かってるね、私のこと」
扉越しの会話の後、笑いながら扉を開けた名前に、視線を上げずクロスを持った手を動かす。ここ七番街で情報屋をやっている名前に出会ったのはもう1ヶ月近く前で、何かと世話を焼いてもらった恩がある。情報屋の仕事柄、誰とでもすぐに打ち解けるこいつが俺の部屋に上がり込んでくるようになったのは、出会ってからそう長くなかったように思う。訪れるのは決まって日が落ちた後。俺といて何が楽しいのか全く分からないが、いつの間にか名前が来てくれるのをどこか待つようになっていた。
ベッドに腰掛ける俺の隣に、無遠慮に座った名前が俺の顔を覗き込んで、その近さやコロンの香りにドクンと胸が騒ぐ。
「クラウド、今日セブンスヘブンで仮装パーティーしてるみたいだけど、行かないの?」
「興味ない」
「あ、言うと思った。ちなみにね、私も借りてきたんだ、衣装。見たい?」
「…興味な、」
「なくはないって、顔に書いてるよ?脱衣場かりるねー」
俺の言葉を遮って、愉しそうに笑いながら名前は脱衣場へ向かった。その強引さに溜息が漏れる。俺より3つ年上だと言っていた名前は、いつもこんな感じで俺を振り回して楽しんでいる節があるような気がする。その度に、それが嫌じゃないと思っている自分に辟易するんだ。
「クラウド、見て見て。どう?」
「……っな、!?」
出てきた名前に目を見開く。胸元が大きく開いた、かなり際どい丈の真っ白な服。所謂診療所でよく見る白衣というものだ。ただ違うのは、身体のラインが全て浮き彫りになっていることや、開きすぎた前襟と短すぎるスカート丈。どくどくと嫌に鼓動が早くなって、目のやり場に困る。
「これね、医療施設潜入用の衣装」
「あんた、そんなので潜入するのか…」
「ふふ、やり手の情報屋ですから。よく出来てるでしょ?こういうの作るの得意な人がいるんだ」
それ、絶対そいつの趣味だろ。とは言わなかったが、どうもいい気はしない。そんな格好してたら、とち狂った奴にいつ襲われてもおかしくない。危機感というものが、名前にはないんだろうか。
「もう。ちょっとは何か反応してよ、クラウド」
「……悪くはない」
「ふふ、何それ。褒めてるの?」
「はぁ……調子に乗るな」
くすくすと笑って、その格好のまま先ほどと同じように俺の隣に座った名前。白い太腿が目に入って、危うく変な気を起こすところだった。本当に、心臓に悪い。
「クラウド、顔赤いよ?」
「…っちょ、おい…」
至近距離で下から顔を覗き込まれて、ちらりと視界に入った胸元の膨らみに体温が急激に上がる。咄嗟に肩を掴んで、離れさせようと押し返したら、思いの外強い力が入ってしまっていたようで名前をベッドに押し倒すような形になってしまった。俺の下で驚いたように目を丸くした名前から、またあの甘いコロンの香りがして、頭がクラクラしてきた。
「わぁ、クラウド、大胆」
「…っ、悪い。───っ!?」
揶揄うような言葉に慌てて半身を起こそうとしたら、首に腕を回されて、名前の唇が重ねられて。それは軽く触れるだけですぐに離れていった。
「ん、…っふふ」
「なっ、…あんた何して…」
何が起きたのか分からず目を白黒させる俺に、悪戯が成功した子供のような笑顔を見せる名前。自分の心臓がバクバクと煩い。何考えてるんだ、あんた。
「クラウド、可愛い」
「っは…?」
「もっと見たい、見せて」
「お、い…!っは、…ん、」
止める間もなく再び重ねられた名前の唇が柔らかくて、ぺろりと舌で唇をなぞられて、なけなしの理性が崩れ落ちていく。
「ん、…ね、クラウド。口、開けて…?」
「…名前、…っん、」
名前を呼んだ瞬間にぬるりと入り込んできた舌に、何でこんなことするんだとか、そういう思考はもうドロドロに溶けてなくなった。ぷつりと自分の中で何かが切れる音がして、入ってきた舌を絡めとって軽く歯を立てる。びくりと名前の身体が揺れたのを良いことに、今度は俺が名前の咥内に舌を差し込んだ。
「ん、んんっ…は、…っ」
上顎を擽るだけで上がる嬌声が可愛くて、それさえ飲み込んでしまいたくなる。くそ、名前の良いように煽られているのは分かっているのに、歯止めが効かない。それに何で、こんなに慣れてるんだ、こいつは。誰にでもこんなことしてるのか?俺以外にも?…ああ、腹の中が黒いもので一杯になる。感情に任せて好き勝手に咥内を貪って唇を離した。
「っはぁ…クラウド、キス、上手だね」
「…あんたは、随分慣れてるんだな」
「それは、…大人ですから」
たかだか2、3年先に生まれたくらいで子供扱いするなと苛立ちが募る。いや、そうじゃない。この行為には何の意味もないと言われているようで、それが気に食わないんだ。ただ拗ねているだけの俺は、やっぱりまだ子供なのかもしれないと自嘲する。
「ふふ、嘘だよ。私、ずるいから」
「…は、?…ずるい?」
「私の好きな人はね、すごく奥手なんだ。だから、慣れてる風に装えば、流されてくれるかなって。正真正銘、初めてだよ」
訳が分からなくて、俺を見上げる名前の瞳を見つめ返す。
「え、わからない?」
「…?」
「あのね、クラウドのこと、好きなの」
「……え」
思いがけない言葉が名前の口から飛び出して、間抜けな声が出てしまった。今、好きだと言ったのか?こいつが、俺を?何度も頭の中で反芻して、やっとその言葉を理解できた途端に、顔に熱が集まった。
「ほんとに可愛い、クラウド。大好き」
目尻を下げて微笑んだ名前に、可愛いのはあんただろと心の中で呟く。最初からやられっ放しで、振り回されてばかりなのは癪だが、そんなことより嬉しさと名前への愛しさが募る。
「名前、俺もあんたが──」
いつか必ずやり返してやると心に決めて、俺は名前へ飾らない思いを吐き出して、その身体を強く抱き締めた。
(→あとがき)