病は三文の徳 
断末魔と共に霧散したモンスターにほっと一息ついて、たかが魔法を数発放っただけで妙に切れた息に首を捻る。どうやら、今日は調子が悪いらしい。クラウドがバスターソードを背に収めて私に振り返るのを、どこか熱に浮かされた頭でぼーっと見つめる。

「名前、次の依頼行くぞ」
「うん、あと2件…だった、よね…っ」
「…おい、名前?大丈夫か?」

どうしちゃったんだろう、呼吸が勝手に乱れる。なんでも屋の依頼、早くこなさないといけないのに。クラウドがスラムで生きていくための縁作り。せっかくワイマーさんから色々と仕事をもらえたっていうのに、こんな時に限って体調が悪くなるなんて、クラウドに申し訳ない。

「具合、悪いのか?」
「ううん、全然へーき。ほら、次いこ?」

至近距離で顔を覗き込まれて、それに苦笑いして返す。いつもは鈍感なのに、こういう時だけ目敏いから困る。私の返答に全く納得していない様子で、おもむろに皮手袋を外したクラウドは、素手で私のおでこに手を当てた。突然の仕草にびっくりして思わず固まる。

「…!熱い…。名前、今すぐ帰れ」
「大丈夫だってば。さっき動いたから、身体があったまっただけ」
「そう言いながら、ふらふらしてるだろ。帰って休んだ方がいい」

まぁ、確かにそれはクラウドの言うとおりなんだけど。でもあとふたつの依頼なら多分耐えられるし、ティファにもクラウドのこと任せられてるし。

「おい、本当に…」
「クラウド、大袈裟だ…よ…っ?」
「っ名前!」

立ち塞がって引き留めようとするクラウドに笑って、その横を通り抜けようとして足を踏み出した瞬間、ぐらりと傾く視界。クラウドが切羽詰まったように私の名前を呼ぶ声が遠くに聴こえる。ぐわんぐわんと揺さぶられるような頭痛を感じながら、そのまま意識はフェードアウトした───。


目が覚めたのは、おでこにひんやりとしたタオルが置かれた時だった。その冷たさが心地よくて、やっぱり相当熱が上がっているらしい。薄らと目を開いたら、クラウドが無表情ながらどこか心配そうに私を見つめていた。見覚えのある天井。どうやらあのまま倒れた私を、クラウドが部屋まで連れて帰ってくれたらしい。

「…くら、うど」
「悪い、起こしたか?」
「ううん…依頼、は?」
「後日にしてもらった」
「え…うそ、ごめん…」
「名前のせいじゃない。こんな状態のあんたを放っておけるわけないだろ」

クラウドがこんなに優しくしてくれたこと、あったかな、なんて失礼なことを頭の片隅で考える。いや、いつだって優しいのはわかってるけど、表面に出さないから分かりにくいんだ。身体は鉛のようにだるいし、頭もズキズキと痛むけど、こんなクラウドが見れるなら役得かも、なんて言ったら怒られるかな。

「ティファに雑炊を作ってもらってきた。…食えるか?」
「うん、たべる」

けほけほと咳き込みながら身体を起こそうとして、背中に差し入れられた逞しい腕がそれを手伝ってくれる。ベッドのフレームに背中を預けるようにして、プレートに乗せられた器に手を伸ばすけれど、上手く力が入らなくて。見かねたクラウドがスプーンを取って一口分雑炊を掬うと、私の口元に差し出されるそれ。まさか、と思って目を丸くしたら、眉を顰めて早く食べろと怒られたから、戸惑いつつ口を開く。

「……ん、おいしい…」
「食欲があるだけまだマシだな」
「うん。ティファに、ありがとうって伝えて」
「早く治して自分で言いにいけ」
「はぁい…」

それから、絶対面倒なはずなのに何度もスプーンを口元に運んでくれて、なんとか半分ほど食べることができた。甲斐甲斐しく看病してくれるクラウドなんて、もう早々見られないんだろうな。でも、熱で弱った心には何よりも有難くて嬉しいから素直に甘えることにする。

「寝る前に着替えたほうが良いな。…じっとしてろよ」
「え…?…っひゃ、!?」

突然掛布団を捲られて、汗を吸った服の裾から入り込んできたひんやりしたものが背中に触れて、びくりと身体が跳ねた。

「っな、なに、クラウド…?」
「汗、そのままにしておくわけにもいかないだろ」

背中を優しく、濡れたタオルで撫でられる。熱が上がった身体にはその感触がこそばゆくて、恥ずかしさやら何やらで身をよじる。裸なんて何度も見られているし、そういうことだってしているんだから恥ずかしがる必要はないのかもしれないけれど。でもそれとこれとは別だ。

「…っふ、…ぁ」
「おい…」

背中側から脇腹に滑らされたタオルに、ぞわぞわと背筋が粟立って。思わず小さく漏れた声に、クラウドは物凄く呆れた声を出した。

「だ、だって…擽ったい…」
「…我慢しろ。ただでさえ今のあんたは…」
「え?なに?」
「……何でもない。手を出されたくなかったら大人しくしてろ」

背中越しに聞こえたその言葉に、更に熱が上がった気がして首だけで振り返ってクラウドを力なく睨む。当の本人は、口ではあんなこと言いながらも涼しい顔をしていて。ただ、瞳の奥には確かに情欲のような色が浮かんでいたから私は大人しく従うことにした。うん、いまは、無理。
替えの部屋着を手渡されて着替え終わった私は、また上がった熱に朦朧としながら布団に潜った。

「クラウド」
「ん?」
「もう帰って大丈夫だよ。うつっちゃうから…」

精一杯の強がり。本当は心細くて仕方ないけれど、本当にクラウドに移してしまったりしたら大変だから。なるべく明るくそう伝えたはずなのに、クラウドはあろうことか私の隣にしれっと寝転んだ。目を丸くしてクラウドを見つめると、そこにあったのは優しい眼差し。

「ここにいる。いいからゆっくり寝ろ」
「…でも、」
「俺が、名前の傍にいたいんだ。それに…移ったら今度はあんたが看病してくれるんだろ?」
「…あはは、そう、だね。…ありがとう、クラウド」

それに小さく笑って、髪を撫でてくれるクラウド。その手が優しくて暖かくて、すぐに眠気がやってくる。眠りに落ちる寸前、唇に触れた柔らかいものに、本当に移っちゃうよって怒ろうとしたけれど、結局そのまま私は深い眠りについた。たまには風邪を引くのも悪くないかな、なんて夢見心地で思ったことは、クラウドには秘密にしておこう。


(→あとがき)
    
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