19
イリーナさんから貰った地図を見ながら、やっとの思いでヒーリンに辿り着いたのは日が落ちてからだった。ここから、どうしたらいいのかは全くわからない。レノさんが、何処にいるのかも。覚悟を決めてここまで来たはずなのに、最後の勇気が出なくて、扉に手をかけたまま動けない。…違う、何のためにここまで来たの、私。レノさんに会って、もう一度伝えるんだ。気のせいでも、勘違いでもなく、レノさんが好きだって。大きく息を吸って、扉にかけた手にぐっと力を入れた時。

「ここに何の用だ?」

背後から警戒したように掛けられた声に、弾かれたように振り向く。立っていたのは、黒く長い髪と切れ長な瞳が印象的な、一見冷たそうな男の人。レノさんやルードさんと同じ黒いスーツを纏っているから、神羅の人で間違いはないんだろうけれど。もしかしなくても私、相当怪しいよね。どう事情を話すべきか悩んで、結局上手い説明も思いつかなくて、正直に話すことに決めた。

「レノさんに、会いに来ました」
「…レノに?お前、……そうか。入れ」

顎に手を当てて何か考える素振りをしたその人は、少しの間の後、代わりに扉を開けて私を中へと促した。躊躇いながらも頭を下げて、どこかへ向かって歩き出すその人を追う。案内された先は余計なものがない、綺麗に整えられた小さな部屋。

「お前、名前は?」
「ナマエです。急に、本当に、すみません…」
「事情は察した。レノの上司のツォンだ」

ツォン、と名乗ったその人は腕組みをして私をじっと見つめた。探られているような居心地の悪さを感じて、ふっとツォンさんから視線を落とす。

「ナマエ、レノは我々タークスの一員だ」
「…はい、わかってます」
「今は償いの為に動いている。だが、過去は変えられない。この先も、神羅の為なら命令があればどんな事でもするだろう。例えそれが非道でも、だ」
「……はい」
「それでもお前は、あいつと共に歩めるか?」

真っ直ぐに私を見据えて、ツォンさんは私の答えを待っている。神羅が過去にしたこと、それで沢山の人が傷付いて、沢山の人が路頭に迷った。今でも神羅を憎む人は一定数いるのも知っている。でも、この人たちは過去を悔いて、やるべき事、できる事をちゃんとやっている。レノさんも同じだ。レノさんは、多分ずっと苦しんでる。ずっと日陰にいたから、陽のあたる場所への出口が見えなくて、迷ってる。答えはもう、ひとつしかない。

「そんなの、関係ありません。それでも私はレノさんの傍を選びます。もし、レノさんや皆さんが、誤った道に進もうとしたら、私が全力で止めます。もう皆さんに後悔はして欲しくないから」
「……っふ、止める、か…」

迷いなく言った言葉に、ツォンさんは息を漏らして少し笑った。柔らかくなった雰囲気に、この人も部下思いの優しい人なんだと確信した。確かに神羅がしたことは許されないことなのかもしれない。でもやっぱり、どうしてもこの人たちが悪い人たちには思えない。

「…少し安心した。手のかかる部下ですまないな」
「いえ、タークスの皆さんの関係、羨ましいです」
「悪くない褒め言葉だ。…レノは突き当たりの部屋だ。あいつを頼んだ、ナマエ」
「はい、ツォンさん…ありがとうございます」

深く頭を下げて、その部屋を後にしようとして、ツォンさんに引き留められ振り返る。

「言い忘れていた。孤児院の再建援助、上に直談判までしたのはレノだ」
「……え?」
「いつになく真剣に、社長に頭を下げた。あのレノが、だ」
「…っ、そう、だったんですね」

知らなかった。思わず浮かんだ涙をぐっと堪えて、もう一度頭を下げる。レノさんは哀しいくらい優しい人だ。無性にレノさんに会いたくなって、涙腺が緩む。だめだな、なんだか最近涙脆い。ツォンさんから教えられた突き当たりの部屋に進む廊下で、脳裏に過ぎる沢山の思い出。出会った頃から、何度私はレノさんに助けられたんだろう。あの笑顔の裏に、重いものを抱えて、でもそれを誰にも見せない強い人。私の荷物を持ってくれたみたいに、今度は私がレノさんの重い荷物を半分持ってあげられたら。そうしたら、また一緒に笑ってくれますか?

辿り着いた部屋。この先にはレノさんがいる。覚悟を決めて、私は扉を軽くノックした───。
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