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ただ振られるよりも、この思い自体を否定されたのが何より悲しかった。迷惑ならそう言ってくれたほうがまだ良かった。だってあれは、気のせいだと、勘違いだと、まるでレノさん自身が自分を否定しているような言いぶりで。もしも本当にこの感情が勘違いなら、こんなに胸が壊れそうなほど、痛くならないよ。受け入れて欲しいなんて我が儘は言わないから、だから、好きっていう気持ちだけは、どうか否定しないで──。
「ナマエ、あんたが好きだ」
深い海のような青い瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。呼吸が止まりそうなほど、真剣な眼差しに胸を貫かれて、囁くように言われた言葉が頭の中で木霊して、ただ茫然と固まる。クラウドが、私を、好き?何か、何か言わないと。でも。私に何か言う資格、あるんだっけ。
「答えは必要ない。あんたが誰を思ってるのか、わかってる」
哀しそうに笑って、クラウドはそう言った。私より、よっぽど泣きそうな、綺麗な顔。身体の内側から、誰かに心臓を握られてるような、苦しい感覚を覚える。そんな顔をクラウドにさせたいわけじゃないのに、どうして何もかも、上手く行かないんだろう。自分の中でも消化しきれない思いが、ぐるぐると渦巻いて、まるで抜け出せない泥濘に嵌ってしまったようだ。レノさんが、好き。でも、クラウドの泣きたいくらい真っ直ぐな優しさに、甘えてしまいたくなる。好きな人と、好きでいてくれる人。どちらも大切で、どちらも失いたくないなんて、私はなんて傲慢な人間なんだろう。こんな感情、消し去ってしまいたい。
「…私、最低…。クラウドに、想ってもらう資格なんて、」
「誰でもそうだろ。本当は俺だって、あんなやつ、あんたの中から消してやりたい。…だから、思い詰めるな」
頭に置かれた大きな手に髪を優しく梳かれて、細められる瞳。「俺が、ナマエの傍にいる」、そう確かに言われた言葉に、止まっていた涙が溢れ出した。それに小さく笑ったクラウドに、そのまま後頭部を引き寄せられて、また厚い胸板に包まれる。その温かさと少しだけ速くなった心音が心地好くて、だめだとわかっているはずなのに、離れることが出来なかった。
「悪いが、もうあんたに遠慮はしない」
「…?」
「あいつには、渡さない」
回された腕に力を込められて、痛いほど抱き締められる。全身で好きだと言われているようで、ドキドキと心臓が脈打ってしまう。クラウドが、こんなにストレートに感情を表す人だと思わなかった。いつも一線を引いて、言葉を選んで、不器用な優しさをくれるけれど、余裕を無くした口調と力強い腕に、今は知らない人みたいだとすら思う。これは、私だけに見せてくれる顔なのかな。それを嬉しいと思ってしまう私は、やっぱりどうしようもなく最低だ。クラウドの腕の中で、レノさんへの想いを消せたらいいのに、なんて思って、また自分が嫌いになった。
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「レノ」
「…あ?」
「らしくないな」
ライフストリームの実地調査でミディールへ向かう車内。くるくるとロッドを回す俺に、ハンドルを握ったルードが前を見つめたまま、ボソリとそんな言葉を投げて来た。
「なにがだよ」
「好きなんだろう、彼女のことが」
「…どいつもこいつも、好きだなんだって、そんな話しか出来ねーのかよ、と」
つい出てしまった舌打ちは、思った以上に忌々しさを孕んでいた。恋愛なんて遊びみてーなもんだろ。どんなに取り繕って、相手に媚びて、媚びられて、永遠だとか反吐が出るような愛の言葉を交わしあっても、ダメになる時は一瞬だ。その感傷に浸るほど、相手に思い入れも無かったけどな。でも、ナマエとは、そんなクソみてーな薄っぺらい関係にはなりたくねえんだよ。
「……面倒だな、お前」
「ほっとけ」
「いいのか、それで」
「…いーんだよ、コレで」
窓の外の流れる景色を見ながら呟いた俺に、ルードが溜息をついてカチャリとサングラスを押し上げた音が聞こえた。
「もう充分、償いはしたと思うが」
「…っは、足りねーよ」
「……そうかもな」
一生かけても償いきれるわけ、ねーだろ。例えナマエが俺を赦しても、未だに神羅への風当たりは良いものとは言えない。そんな危ない橋をナマエに渡らせるわけにはいかない。でも、もし。もしおまえが、俺を追いかけてきたら。次は、もう手加減なんかしてやれる気がしねえ。だから、追いかけてくんなよ、ナマエ。