14
静かになった部屋でひとり膝を抱える。テーブルの上に置かれた歪なリースを見て、レノさんの笑顔が浮かんでズキズキと胸が痛んだ。明るくて少し意地悪なあの笑顔が大好きだった。でもそれと同じくらい、あまり笑わないクラウドさんが優しく笑いかけてくれる顔も大好きで。じゃあどうして、私はクラウドさんを追いかけなかったんだろう。どうして、こんなにも頭の中がレノさんでいっぱいなんだろう。
『…好きなのか』
クラウドさんの言葉が、今になってストンと胸の中に落ちた。頭を撫でてくれる大きな手も、笑う度に細められるエメラルドの瞳も、私の名前を呼ぶ声も、レノさんがくれるもの全部が嬉しい。レノさんが笑うと嬉しいのは、レノさんが哀しそうだと胸が痛むのは、きっと最初からそういうこと。私、レノさんのことが好きなんだ。ずっとかかっていた霧が晴れるような感覚と同時に、ふと最後に見た哀しい顔が脳裏に過ぎって、まるで足枷のように心が重くなる。レノさんと、ちゃんと話がしたい───。
そう心に決めてから、レノさんに会えないまま一週間が経とうとしていた。連絡先すら知らない私は、孤児院でただ待つことしか出来なくて。私はレノさんのことを何一つ知らないんだと実感させられる。そういえばこの一週間、クラウドさんにも会っていない。あの日以来、どこか気まずいと感じているのは私だけじゃないのかもしれない。元気に駆け回る子供たちの様子を眺めながら気分が沈みかけていた時だった。
「ナマエ先生」
「っ!」
聞き覚えのある声が背後から聞こえて、弾かれたように後ろを振り向く。でもそこに立っていたのはルードさんだけで、会いたい人の姿は見当たらない。
「ルードさん…、今日はおひとりですか?」
「ああ。あいつは……まあ、その、…別件があるらしい」
「そう、ですか…」
会いたいと、話したいと毎日考えていたはずなのに、今この場にレノさんがいないことにがっかりするのと同時に少しだけほっとしている自分がいた。この間の困ったようなレノさんの顔が頭の片隅にちらついて、面と向かって拒絶されたらと思うと、やっぱり怖かった。
「お互い、悩んでいるようだな」
「…え?」
「会いたいんだろう?レノに」
「っどうして…」
「見ていればわかる。分かっていないのは本人達だけだ」
「……、はい、会って話したいです…」
嘘偽りのない言葉を、ルードさんを真っ直ぐ見て吐き出す。もしもレノさんに拒絶されたとしても、初めて気付けたこの思いは大切にしたい。何もせずに無かったことにはしたくない。それに、このままだとレノさんがもっとずっと遠くに行ってしまいそうな気がして。
ルードさんは私の言葉に満足したように少し口角を上げた。
「俺に任せてくれ。…あいつを頼む、ナマエ先生」
それだけ言うと、すぐにルードさんは踵を返して帰って行ってしまった。ルードさんが何を考えているのかは全く分からないけれど、とにかく今は信じて待つしかない。縋るような思いで小さくなっていく背中を見つめた。
-----------------------------
「先輩、なんで今日は嫌いなデスクワークしてるんです?ルード先輩、孤児院行ってるんですよね?行かなくていいんですか?」
「…いーんだよ。何か文句あんのか?」
「うわぁ…。死ぬほど機嫌悪いですね、先輩…」
手に持った書類に適当に目を通しながら、イリーナの言葉はスルーする。孤児院の内定調査に同行しなかったのは完全に故意だった。どうしてかって、そんなの俺だってわかんねーよ。ただナマエちゃんに、普通の顔して会える気がしなかったんだ。仕事の為ならどんな事だってしてきた。それこそナマエちゃんに言えないようなことだって数え切れない程してきた過去の自分が、今更になって重くのしかかる。そういや、クラウドとも知り合いだったんだよな、ナマエちゃん。気安く名前呼ばせてんじゃねーよ、色々と警戒しろよもっと。完全にあれは惚れてる顔だっただろ、わかれよ。あの後、案外あいつと上手くいってたりしてな。あー、くそ。やっぱ仕事なんて手に付きやしねぇ。
「先輩、…先輩ってば!」
「あ!?」
「電話、鳴ってますって!」
「……あー」
全然気付かなかったわ。デスクに伏せていた携帯をひっくり返してディスプレイを見る。なんだよ、ルードか。
「…ハイハイ、待たせたな、と」
『レノ、緊急事態だ』
「は?なにが、」
『ナマエ先生が倒れた。俺は別件があって離れなければならない。すぐ家まで来てくれ』
「…っはぁ!?おい、どういうことだよルード!」
『急いでくれ、レノ』
「…くそ、!」
思わず勢いよく立ち上がった衝撃で、椅子が大きな音を立てて倒れる。ナマエちゃんが倒れた?なんでそんなことになってんだよ。イリーナがぎょっとしているのに構うこともなく、気付けば俺はオフィスを飛び出していた。
-----------------------------