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コトリとクラウドさんの前に紅茶を注いだマグカップを置く。

「…悪い」
「いえ…」

レノさんと別れて、クラウドさんに家の中に押し込まれてからずっと沈黙が続いている。怒ったような、困惑したような複雑な表情で黙り込むクラウドさんをソファに案内してからどれくらい時間が経ったんだろう。時計をちらりと見て驚いた。5分しか経ってない…。重い空気が続くと、時間が経つのが遅く感じるんだと初めて知った。

「…ナマエ」

ローテーブルを挟んで、クラウドさんの向かいに座ると同時に静かに呼ばれた名前。膝に肘を置いて、前のめりに座ったクラウドさんが額に手を当てていて、その隙間から見えた青い瞳と目が合ってどきりとした。その目は真剣で、真っ直ぐに私を貫く。咄嗟に声が出なくて私は狼狽えたように首を傾げた。

「あいつと、付き合ってるのか…?」
「え…?」

クラウドさんから発せられた言葉に絶句する。付き合ってる?誰と誰が?もしかして、私とレノさんのこと?訳が分からなくてクラウドさんを見つめたら、それをどう受け取ったのか苦しそうに歪められた顔。今日は、レノさんもクラウドさんも、やっぱりおかしい。

「レノさんと私は、友達…、です」

"友達"。そう自分で言った瞬間に、胸に小さく走った痛み。それの訳はやっぱり分からないままで。クラウドさんは、まだ私をじっと見つめている。

「…好きなのか」
「すき…?」

長い睫毛の間から覗く海のような青い瞳が、哀しそうに揺れた。私が、レノさんを好き?そうなんだろうか。レノさんといると、ドキドキして、優しさが嬉しくて、心が暖かくなって。でも、この感情にどう名前を付けたらいいのか分からない。だって、この感情は…、クラウドさんにも少なからず感じたことのあるものだから。

「ナマエ、」
「───、えっ?」

自分の気持ちが分からなくて、ぐるぐると頭を悩ませていたら。いつの間にかクラウドさんがすぐ隣に居て、私は逞しい腕の中にすっぽり収まっていた。突然のことに、目を見開いて固まってしまう。

「クラウド、さん…?」
「…こんな感情、知らなければよかった」
「え…?」

思い詰めたように呟かれた言葉に、クラウドさんの心臓の音に、胸が痛い程締め付けられる。切なくて、苦しい。でもどう言葉をかけたらいいのか分からなくて、私はその広い背中にそっと腕を回した。どうして抱き締められてるのか、どうしてクラウドさんが辛そうなのか、聞きたいことは山ほどあるのに聞けない私は、やっぱり臆病だ。

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たまたまナマエの家の前を通った際にレノがナマエの家から出て来たのをみた時、目の前が真っ暗になった。それは一番、見たくなかった光景。ナマエとレノが知り合いだったこともそれはそれで驚いたが、それ以上に家に出入りするような仲だったのかと愕然とした。レノが俺を挑発するように放った言葉が頭から離れない。気が付けば、俺はナマエを腕の中に閉じ込めていた。
本当に、こんなに苦しくてどす黒い感情は知りたくなかった。こうやってあいつにも抱き締められたのか?その先は?俺が見たことのないナマエの顔を、レノは知ってるんだろうか。もやもやと渦巻く黒く汚れた感情は、純粋で汚れを知らないナマエには不釣り合いだ。本当に自分が心底嫌になる。
でも今だけ。今だけは、あんたの中には俺しかいないよな?もっと見たい、俺だけしか知らない顔。

「クラウドさん、苦しい、です…」
「っわ、るい…」

腕の中のナマエが身じろいではっとする。何してるんだ、俺は…。すぐに腕を解いて、気まずさから顔を逸らす。いくらなんでも早急すぎたと後悔する。かっとなって我を失うなんてどうかしていた。

「…すまない、忘れてくれ」
「クラウドさん…」

そう言って立ち上がって、玄関へと向かう。小さく名前は呼ばれたが、ナマエは追ってこなかった。扉を開けて外へ出て、大きく息を吐き出した。あのまま無理矢理にでも自分のものにしてしまおうかと考えなかったわけじゃない。ただ、ナマエを傷付けたくはなかった。いつの間にか取り返しがつかない程、ナマエの存在が俺の中で大きくなっていた。それをレノに気付かされるとは思ってもいなかったが。なぁ、あんたは…あいつといる方が幸せなのか?
その問いは、暗闇のエッジの中に溶けて消えた──。
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