short novel

それぞれの守りたいものは矛盾する




「そんなことを聞いて何になるの」


 どちらにしろ、隙は与えてはならない。中身を見られてしまえば、戦闘しか選択肢はないのだから。


「それもそうだけれど、最後くらいはと思って」


 『最後』。そういえば彼は、会った時にもそう言っていた。もっと早く気づくべきだったことを彼女は悔やんだ。


「君も同じなんだろう?」


 彼は彼女と同じで、1つの会話を数回に分ける習慣がある。彼女は次の言葉を待った。


「そのアタッシュケース、いつもより3センチは振れ幅が広いけれど」


 彼は彼女と同じで、事実を遠回しに言う癖があった。しかし彼が言いたいことは、彼女にとっては伝わった。彼女は冷静を保ったが、沈黙を保つことはできなかった。


「同じことというのは間違っているわ」


 彼女は太ももに手をやった。彼女がそこに銃を携帯していることも、銃を取ることも彼には分っていたからか、彼は彼女が自分に銃をつきつけていても、平然としていた。



 ほら、同じなんかじゃない。



 彼女は心の中でほくそえんだ。その反面、一瞬でも同じ括りにされたのが腹ただしかった。



「答えて。私と同じってどういうこと」


 ”1、口は災いの元であるから、言葉は最小限に。”

 彼女は不可解な現象が起こった時必ずやるように、頭の中で教えを繰り返す。

 それは”2、行動は基本に忠実に。シンプルなものが最速。”であるから。


「その中身、空っぽなんだろう」


 今日の彼はやけに素直だった。それは彼女が銃をつきつけているかもしれないが、職業上、それだけではないだろう。

 いつもの彼女と同様に、彼女は他に仲間がいるか、罠を疑っていた。


「つまり、あなたの中身は空っぽということね」


 助詞を強調して彼女は言い放つ。彼女は彼のこめかみから銃口を逸らさなかった。しかし内面では迷っていた。意識的なものと、――無意識的なものの狭間で。



「本当に中身がないのか調べないまま撃つのは得策ではない。いつもの貴女ならそう考える」


 今日の彼は、やけにお喋りだった。彼女は”3、動揺はいつも最後から2番目の愚策である。最大の愚策は敵にそれを悟らせることである。”と唱えることで、自分を保つ。


「そう。その結果で貴方を生かすか殺すか考える。今日の私もそうするわ」


 彼の口調に合わせたのは、あくまで彼の恐怖心を引きずり出すため。”4、最初から2番目の得策は敵を動揺させること。最も得策なのは相手の動揺を悟ること。考えを悟ることもなお良し。だが思い込むな”であるから。


「では、中身を貴女に」


 彼が持っていたアタッシュケースに手を伸ばすのを見ながら、彼女はかつての師の言葉を思い出していた。

 戦いは身体能力と思われがちであるが、頭脳戦である。

 師が彼女にそう伝えたのは、彼女がそのような戦い方をしなかったからか、あるいは違うことを思ってか彼女は分らなかった。もしや、この時のためだったのだろうか――?


 彼女は振り払ったはずの希望的観測をまた頭から追い出した。必要なのは昔も今も、彼女がその戦い方を選ぶかどうかそれのみだ。



 彼の持っているアタッシュケースの銀色の表面が、僅かな斜光を反射する。表面はそれほど輝いていても、中身は真っ黒だった。



「私が聞きたいのは1つ。これからも取引をする気はあるのか」


「ある」


 彼は何がおかしいのか笑っていた。彼女が理由を聞く前に、彼女が引き金を引く前に、彼は答えた。


「1つだけならば、『これから取引ができるのか』と聞くべきだ」



 何かがおかしい。彼女は今度は先程まで聞いていた警報が、思っていた以上に差し迫ったものであると悟った。

 彼に考えをよまれている以上に、自分が有利な状況でも余計な考えをしていて動揺していること。

 それ以上に、それさえも彼が全て察していること。


「そしてその答えは『できない』だ」


 彼女は彼のYesかNo以外の答えを聞いた。そして、彼が彼女に何を本当は伝えたかったのかということも聞いた。


「だから、貴女にここで殺されてもいいんだ」


 その顔は、悲しくなるほど晴れ晴れとしていた。


 彼女は、彼の感覚ではようやく察した。彼はもう二度と銃を彼女に向けることはない。そういえば、いつも彼が銃を隠し持っているはずの胸は、いつもより薄いようだった。





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