short novel

二万年後の未来へ







「そう、本当は終わりにする気だったんじゃよ」



 真っ暗な中で老人の声が彼女の中に灯った。彼女が目を開けると、今度は真っ白な空間に、一人の老人が影を作っていた。


 彼女の意識は妙にはっきりしている。瞬きをしたくらいの感覚だ。それでいて記憶がぼんやりと霞がかっている。



「……誰?」

「『誰?』では答えられぬ。『何?』と聞くのが正しいであろう、少女よ」


 体をゆっくりと起こして、彼女は改めて老人を見つめる。


「何者なんですか?」


 彼女が質問を変えると、老人は微笑んだ。その微笑みは慈愛に満ちているのに、双眸には叡智をはらんだ荘厳が見え隠れしていた。


「君らがいう『神様』と答えればよいかな」

「『神様』……?」


 彼女がその単語を口にすると、やっとこれまでのことが鮮明に脳裏をよぎった。黒いブラックホール。吸い込まれていく人々。形にならない悲鳴と慟哭。彼の手のぬくもり。


 そして、彼の最期の言葉……。



「世界は!?世界はどうなったの!?」

「世界は終わってなどいない、少女よ」

「じゃあ、みんな無事なのね」

「それは随分と、希望に眩んだ答えじゃの」


 老人のその言葉に、彼女は瞬時にすべてを理解する。恐る恐る正解を口にした。


「じゃあ、本当に……」

「人類が終わっただけじゃ、心優しき者よ」

「人類が終わった?」

「本当に世界が終わってしまう前に、世界を終わらせようとしている元凶を滅ぼさせてもらった」


 彼女は一瞬何も見えなくなったが、彼女の聞きたいことが意識を引き戻す。


「……分かったわ。それは私たちが悪いから仕方のないこと。じゃあ、彼は?私の家族は?ここ死後の世界なんでしょ?どこにいるの?」

「そのことで話がある。だからそなただけ覚醒させたのじゃ、思慮深き者よ」

「私は賢明なんかじゃないわ!!私の大切な人たちを傷つけたりしたら、たとえ神であろうと赦しはしないわ」


 彼女の剣幕に少しも動じることなく、老人は言葉を紡ぐ。


「そうじゃろうな、気高き者よ。一回だけ、やり直す機会をそなたたちに与えることにした」

「やり直す機会?」

「さよう。何せよ、君たちの前の世代の者たちがこういった風潮を広めただけのこと。そなたたちに罪はない。
しかしこのままの流れでいけば、そなただけでなくそなたたちの後の代もそれに倣うじゃろう。そこで、そなたたちには時代を改めてもらう」

「何をすればいいの?」

「自然を復興させることを下界に降りて行ってもらう。それを一万年休むことなく欠かさず毎日続けることができれば、人類にやり直しの機会を与えよう」

「それだけでいいの?私だけで?」

「そなただけではない。彼はもう一万年分、役目を全うしたのじゃ」

「彼って、まさか……」

「そう、そなたのいう彼じゃよ」


 老人はやっと、目の奥まで微笑んだ。


「彼は言っておった。そなたなら役目を全うするだろうと。だから自分は全くその役目を苦には思わないであろうと。
そなたは異なる理由で苦に思わぬようじゃの、美しき者よ」

「私が一万年努力すれば、彼とまた会えるの?」

「そう、一万年後に。彼の身は安全なところにあるから心配することはない」

「分かったわ。私は、何をすればいい?」





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