short novel

二万年後の未来へ





「だから、信じられるわけ無いでしょ」


 悔しいことに彼女がその台詞を言っても、頭一つ分高いからか彼には全く意味を持たないようだった。

 彼は科学者の助手という職業についている。彼は唯一、世界破滅説を提唱している。

 西暦二千年頃もそうだったようだが、さらに何千年も経った今では科学はさらに進みすぎて、誰もは理解できないところまで及んでいる。


 そんな話を誰が聞いても理解できるわけもなく、そんなことを立場が危うくなるリスクを冒してまで公言する者がいるわけもなく。



 そもそも、提唱している彼自身が逃げないのだから、誰も信じるはずがない。

 理由を彼に聞くと……。


「だってお前をおいていくわけに……」


 その先は何度聞いても、もごもごとしか聞こえない。

 しばらく何を言っているのか理解しようと耳を傾けていると、彼は突然声が大きくなりこの台詞を言う。



「だから、一緒に逃げよう!」

「そんな駆け落ちみたいなことできるわけないでしょ!!」

「駆け落ちなんて、そんなつもりじゃ……」


 顔を赤くして、また彼は何やらもごもごと言う。彼女から見ても、周りの誰かから見ても、彼が彼女に気があるのは火を見るよりも明らかである。

 彼女も彼と同じくらい気があるのだが、幼い頃からこれだけ近くにいて友達だった期間が長いと、どうしてもきっかけがつかめない。


 さらには、彼も彼女も成人し、今ではそれぞれの家族を養うために労働に明け暮れる日々。伝えたいと思っていたことは、どんどん先延ばしにされていった。





 世界が本当に終わったのは、そんな日常の中だった。





 突如出現した直径一メートルほどのブラックホールに、人々が吸い込まれていく。ブラックホールは、人の姿も悲鳴も慟哭も全て無へと変えていった。



「――!!」


 必死に逃れようとする彼女に、聞き覚えのある声が耳に届いた。振り向くと、彼が下腹部まで黒い塊に呑まれているところだった。



「来るな、バカ!!」

「じゃあ呼ぶな、バカ!!」


 名前を呼んで駆け寄る彼女を止める力は、彼にはない。彼女は駆け寄って、彼の手を引いて、黒い大きな口から彼を引っ張り出そうとした。


「聞いて」


 彼は彼女の手を振りほどいて、代わりに彼女の手のひらを握る。その声の穏やかさは、ブラックホールの勢いさえも止めた。


「こういう時しか言えないからさ、俺こういうことがあって良かったと思っているくらいなんだけれど……」

「バカ」


 彼女の容赦ない罵詈雑言に彼は苦笑する。その次に彼が伝えた言葉は、たとえずっと前から言われるであろうと予想していた言葉でも、この状況では彼女に理解できないことだった。


「愛しているよ」

「えっ……?」


 彼は茫然としている彼女の手を放す。

それと同時に一時停止していたブラックホールの勢いが再生された。彼女が彼の名を再度呼ぶ間もなく、彼の姿は真っ黒な塊に吸い込まれていった。



「それが最期の言葉なんて、あんまりよ」


 力なく座り込んだ彼女の背後に、別のブラックホールが近づく。彼女が黒い影に気づき振り向いた時には、もう手遅れだった。



 間もなく、彼女の視界も闇に包まれた。





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