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 今年もまた春がやってきた。

 桜の蕾はいつの間にか花になったかと思えば、もう既に花びらとなって地面に落ちていた。桜が満開だった数日前であったが、今日は冬に逆戻りしたのかと疑うほどの寒さで先ほどまで雪が降っていた。


 お前も生きる場所を間違えたのか。


 少年はわずかに残った熱をかき集めるように着ているものの隙間を狭くしようと試みる。そうやって生きて、またすぐ冬がやって来る。しかしそれまでは、少なくとも寒さで凍え死ぬことはない。

 そしてその冬を越えることができれば、また1年後には春を迎えることができるのだ。


 また、来年も会おう。


 足下の雪に閉じ込められた花びらに向かって、少年は心の中で呟いた。



 うん、持ち物は全部そろってる。


 何度も確認しているが、もう一度鞄の中身を確認する。進級しただけでも、気はぬけない。少なくとも……。


 新しい恋に出会うんだから。


 ただでさえ抜けていると自負している彼女は、せめて準備を怠りたくはなかった。鞄の中には昨日入れたものがそのまま入っているだけだったが、昨日までと同じものがどこか新しく見える。

 たとえ上手くいかないことが続いても、上手くいかせたいのであれば、上手くいくまで諦めるわけにはいかない。


「いってきまーす!」


 少女を出迎えた、春の陽気に少女の心も躍った。



 そろそろ、あれから1年半が経つ。


 新しく買った鞄の横には、あの日から飾ってある写真が今もある。そこに肩を組んで写った青年2人の微笑みは、過去に置き去りにされている。

 青年は自分ではないもう片方の青年へ目で語りかける。


 俺はもうすぐ、お前とは違う学校に行くんだ。


 永遠に年をとることのない青年は、表情を変えない。


 でも俺はお前と生きたがっていた未来を、もう少し歩いてみるよ。


 青年は写真の中の青年に向けて笑顔を作った。



「お母さん、今日からあたし違う帽子だよ!」


 進級した娘は玄関に置いてある黄色い帽子を見て顔をしかめる。


「昨日ランドセルの上に置いておいたでしょ、どこにやったの」

「そうだった!」


 母親の声に娘が靴を脱ぎ散らかして駆ける音が続く。


「あったよお母さん!」


 見つけた黄色いベレー帽ををかぶりながら、娘が笑う。


「気をつけていきなさいよ、全くあなたはおっちょこちょいなんだから」

「はぁい、でもね、あたし1年生を守るんだよ」


 返事はしているもののかみ合わない会話に、母親は苦笑する。


「2年生のお姉さんだもんね。でも、自分のこともちゃんと守るのよ」

「はぁい」


 娘がドアを開ける。太陽の日差しに母親は目を細める。


 あの頃は『これでいいのか』とずいぶん迷ったけれど、今も『これでよかった』とは思えないところもあるけれど、少なくとも。


「いってきまーす!」


 娘の笑顔も、自分の気持ちも、太陽の日差しも嘘ではない。母親にとっては、それだけで十分だった。


ありふれた明日がほしい
ここには少なくとも今日はある