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「やあ、ハニー」

「『やあ』じゃない、さっさと降りてきなさい!」


 魔法界の王女である彼女の声は、遠くの濁音だらけの大きな雑音にかき消されてしまった。


「そんな、僕と早く会いたいなんて照れるな」

「そういう意味じゃない!!」


 しかし相手にははっきり聞こえているようだ。……意味は全く違っているにしても。なぜこの状況で聞こえるのかを王女は聞こうかと思ったが、また変な方向から答えが返ってくると思って止める。

 相手の背には黒い翼。その翼で優雅に羽ばたき、髪をかきあげたりなどしている。その様子は、地上の惨状によく似合っていた。さすが魔界の悪魔の王子というだけある。


「だいたい何してくれてるの!『君の涙は見たくないから、君の国には侵略しない』って言ってからまだ3日も経っていないんだけれど」

「それは事実だね、ハニー」


 王女は返答しだいでは魔力で迎え撃つため、クリスタルがちりばめられた彼女の背丈と同じくらいの銀色の杖を手にする。


「でも僕らの仲は引き裂けないんだよ」

「ふざけるないでっ」


 彼女の叱声と共に、いくつもの光球が宙を舞う。


「運命だからさ」


 彼女の視界には、その言葉と一緒に星やら薔薇やらが飛んでくるように見えた。しかし悪魔はそれでも余裕なようで、風に舞う木の葉のように宙を旋回する。それと同時に、確実に彼女のいるところへ近づいてきている。

 その悪魔の目的を理解しようとすればしようとするほど混乱する彼女は、一瞬フリーズした後、答えを出した。


「……分かった。私の命が欲しいのならば、私の命の代わりに、今すぐ攻撃を止めなさい」


 悪魔は彼女の近くに降り立つと、抵抗しない彼女を見つめた。彼女はやっと真面目な答えが返ってくると思った。


「そんな、ハニー。僕に命を捧げてくれるなんて僕は感ギャキ」


 語尾が濁ったのは、彼女が容赦なく悪魔を殴ったからだった。


「そんなんじゃない。私がこの身を差し出すのは、早くあなたに攻撃を止めてほしいから。この国の平和のためにこの身を捧げるのよ」

「ふーん」


 悪魔の爽やかな笑みが消えたが、さっと悪魔が手を上げると、攻撃は止んだ。


「僕はそれよりも君の心が欲しいんだけれど」


 王女が反応するよりも先に、悪魔は背中の翼を広げた。


「また来るよ、ハニー」


 投げキッスを残して、現れた時と同様に、悪魔はさっさと姿を消した。



侵略者は私の心で見逃した
また来るなんて迷惑だけれど