37 「ほれ、お前の番だ」 男が投げた賽を、少女が乾いた音と共に片手で受け止めた。少女はまだ子供から大人になる間の年齢に思われた。 肩にかけた足元までの長旅用の衣服は、長い放浪を感じさせるほど黄ばんでところどころ破れていた。外見も薄汚れているが、長い前髪から時折のぞく真っ黒の瞳も荒んで見えた。 「いつから私もそのくだらないお遊びに参加することになったの」 まだ太陽は沈みきってはいないのに、酒場は騒々しい。その雑音にかき消されることなく、少女の凛とした声は音量という壁を越えて男まで届いた。 「いいねぇ。その面気に入ったぜ。ぜひとも賽をふってもらいたいねぇ」 「嫌」 目を伏せて少女が最低限意志を伝える言葉で答えると、男はふっと笑みを消した。 「どうせ今日は、情報をもらいに来ただけだろ?」 「……そうよ」 男の変わりように気づきながらも、少女は態度を改めることはなかった。それはこの程度で言動を変えていては、とっくにここまでたどり着けないほどの経験をしてきたからでもあった。 「今日はそいつはやってこない」 しかしそれは男がそう言うまでの間だった。 「何でそう言い切れるの!」 少女が机を叩いて立ち上がっても、男はもとの薄笑いを浮かべた顔に戻っただけだった。 「俺はもう、何日もそいつとお前さんみたいな奴の仲介をしているんだ。そのぐらい分かるさ。しかしその年で、お前さんも不幸だったな」 「私は不幸なんかじゃないわ!」 「おう、威勢がいいな。もったいない」 「うるさい!誰かを救う機会を与えられたなら、それは何よりも幸せなことよ!」 「ほう」 男はさらに三日月が欠けるように目を細めた。 「本心から言っているな、嬢ちゃん」 「最初から疑っていたというのか」 少女は裾の長い布から短剣を出して男につきつけた。少女の呼び方が変わっていることは、周りから少し離れて見ている者はもちろん、すでに誰も気にしていなかった。 「封印について知っている奴のことをさっさと吐きなさい!今日そいつが現れないなら、私から会いに行くわ!」 「おーー、怖い怖い」 「ふざけないで!本当に仲介人というならば、そいつの居場所を知っているはず!」 「早まるな、嬢ちゃん」 男は両手で降参を示しながら、少女に言った。 「信じるか信じないかはあんたしだいだ。だけれど、俺はそいつの場所は知らない。そいつが来たら、確実に嬢ちゃんみたいな奴を紹介するのさ。それが俺の『仲介役』の仕事」 「本当に場所を吐かないと、ここで斬るわ」 「本当に今、嬢ちゃんが探している奴がいたら、この騒ぎで駆けつけないはずがないだろう?」 少女は答えなかったのは、それが男の言うとおりであったからだ。 「ほら剣なんかしまって、賽を投げろよ」 「それが何の意味を持つの」 「少なくとも気を紛らわすことくらいはできるさ」 少女は剣をしまって、片手になぜか持ったままの賽を見つめた。 「嬢ちゃんが成功するかも分からない封印を名誉に思うならば……」 「名誉なんて大それたことは望んでいない。私の犠牲によって平和がもたらされるならば、それは私の望みに変わりはないのだから」 少女は今度は剣を抜かなかった。その言葉を男にではなく、自分の胸に言い聞かせていたのからかもしれない。 「そうか。なら今晩は、俺の『くだらないお遊び』ぐらいには付き合ってくれてもいいだろ」 少女は何か答える代りに、賽を宙へかえした。 歩むべきは絶望、されど希望には違いない 私のいないいつかを生きる人たちへ |