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「それはできないお願いです」


 ”時間を戻して”という私の願いを聞いて、道化師は目を線みたいに細めて言った。

 しかしどんなに目が細くなっても、その目が笑っている感じはしなかった。それは私が余裕がないからかもしれないけれど。


「何で?あなたは何でもできるって言ったじゃないっ!」


 私の叫びはむなしく、何も映さないような真っ黒な道化師の目に吸い込まれてしまった。


「確かに、私は”何でもできる”と言いました」


 道化師といっても、肌を真っ白にして赤い鼻をつけて派手な服を着ているわけではない。

 肌の色は確かに女の私と比べても私よりもかなり白い。でもそれは、何かをぬっている感じではない。

 服はといえば、真っ黒な上下のスーツに同じく真っ黒のシルクハット、中のシャツまで黒。ただ、首には真っ赤な蝶ネクタイをつけていた。有彩色といえばそれだけだった。



「じゃあ、せめて、時間を1分前に戻してよっ!」


 私はそれ以上視界の色彩を奪われる前に、無我夢中で叫んだ。



「その願い、聞き入れました。では、時計をよく見てください」


 道化師はそう言って、指をパチンと鳴らした。

 私は道化師の言われるままに時計を見ていると、短針が少しずつ逆方向へと動いた。そして”カチッ”という音と共に、1分前に戻った。



「これで1分前になりましたよ」

「えっ……?」

「早くしないとまた1分過ぎてしまいますよ」



 道化師はそう言って、またパチンと指を鳴らした。その音が鳴り終わる頃には、道化師は白い煙となって消えていた。



 そこには残り数十秒となってしまったが、確かに新しい1分前があった。



別れを告げなさい
新たな1分前を生きるために






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