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 雑踏の言葉もない騒音をぬって、青年の美声が響いていた。室外でも彼の声が響くのは、意図的に風が運んでくるようにしか思えなかった。

 それでもその声に立ち止まる人はいない。誰にも聞こえていないのだろうか?今日の昼間は教会でこれ以上の人々を一瞬にして黙らせてしまったというのに。


 ある少女もまた、立ち止っていはいなかった。少女は歌声の主を探してずっとレンガの壁にそって走っていた。生まれ育ったよく知った街のはずだったのに、少女は何度も迷った。しかしそれでも、歌声は消えることはなかった。


 そしてようやくたどり着いてみれば、彼は歌いながら泣いていた。その間にも歌声は揺らぐことなく澄んで響いていた。



「来てくれたのか」


 私が驚きで動けなくなっていると、まるで昔からの知り合いのように彼は言った。座っていたビール樽から下りて、少女の側に近づいた。


「何で、泣いてるの?」


 少女の震える声に青年は穏やかすぎるほどの微笑を浮かべた。


「悲しいからだよ」


 彼はそう言いながら、少女の頬をそっと手でなでた。


「何で、歌ってるの?」


 彼は何も答えず、ずっと私の目の中の何かを見つめている。そんな少女たちの横を、何事もないように多くの人々が通り過ぎていく。



「ただ嘆くことは止めることにしたんだ」


 その答えから、どうして彼の歌声がそこまで澄んで美しいのかを知らされた。



悲しいから歌うのさ
これは誰も知らない物語






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