※俺×南沢。
 6日目の話。エロはない。




 僕はせっせとご飯を作る。
 人参を切り、レタスを千切り、玉葱を炒める。飴色に透き通るそれは、きっと幸福の色なのだと思う。
 僕は肉を手の上で転がし、鼻歌を歌う。昔から好きな女性ボーカル。頭の中では勝手にピアノのメロディーが流れ出す。やがて鼻歌では飽き足りなくなって、唇が動き出した。イタリア語なんて、ちゃんと勉強なんてした事がないから適当だ。

 目の前に、獲得と喪失のシナリオが開かれるにもかかわらず
 沈黙の中に、置き去りにしてきた歳月のうつろい
 呼吸しながら、循環運動に気づき、そして…

「飯まだ」

 口をはっと閉じる。
 今の歌、聴かれたりはしなかっただろうか。
 カラオケならば全然平気なんだけど、練習や鼻歌を聴かれるのはあまり得意じゃない。
 僕は手の中の俵型に成型した肉を、フライパンに落とした。
 もう少しだからと告げて、僕は動揺をごまかす。
 南沢くんはふん、と鼻を鳴らして、リビングに置いてあるソファに腰掛けた。

「ったく、歌ってる暇があったらとっとと作れよ」

 え、と濁った音が出た。フライパンの上では肉がじゅうじゅういっている。

「静かなんだから聞こえて当然だろ」

 そうだね。血の気が引くのを感じながら答える。
 僕、歌下手なのに……。変な所見せちゃったなあ。

「……」

 肉の焼ける音。それは、幸福の音。聞くだけで、胸がいっぱいになってくる。
 頭の中で流れるヴァイオリンの旋律。今度はさっきと別の歌だ。歌わないように、しっかりと口を閉じる。
 炊けてきたご飯の匂い。それは、幸福の香り。

「……おい」

 ん、と僕は南沢くんを見る。
 気付けば、南沢くんは僕の傍らまで来ていた。どきどきしながら、何かと聞けば、眉に皺を寄せられフライパンに視線をやられた。
 思わず声が出る。 

「焦げてる」



 焦げを食べてもガンにならない。僕はそう信じている。
 口の中に残る苦味を、カルピスで洗い流して一息。 
 南沢くんは不機嫌そうな表情のままだ。
 今度はちゃんとした物を作るね。そう言っても、依然改善はできていないから信じてもらえないのだ。仕方ないな、今度はケータリングを頼もう。

「最悪」

 吐き捨てるようにして、彼は僕を睨みつけた。
 少しへこむ。僕は打たれ弱いのだ。
 本当はちゃんと料理ができるのだ。でも誰かの為にご飯を作るなんて、こんな幸せあっても良いのか。胸が苦しすぎて、どうしようもない。
 僕は苦笑するしか出来なかった。
 まだ11時を過ぎたばかりだ。調教の時間を少しずらそう。
 南沢くんはそのまま部屋に戻った。
 僕は水にさらしてある皿を洗う。
 水の流れる音。中性洗剤のライムの香り。皿同士がぶつかる音。
 頭に流れるメロディー。
 幸福の音なんて、結局は錯覚なのだ。
 水を切る。かごに入れる。
 溜め息が零れた。







10日目を書くつもりが、あまりに南沢先輩が冷たすぎてこれは従順Lv.2になったばかりだな、という。屈服刻印も低い感じが…。
休憩コマンドを意識してみました。
作中の曲はIlaria Grazianoの「I do」なわけですよ。

11/07/18 初出

back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -