「クリスマスに何をするの?」

そこで初めてウルビダは25日に隠れるものの存在に気付いた。
12月25日、クリスマス。
キリスト教では神の降誕した日であり、それを祝うというのが西洋での習慣であるが日本では少数のキリスト教徒を除き、商業目的イベントと化している。
現在では恋人とクリスマスを過ごすのが基準となっているとか、もはやイエス・キリストなど関係がない。

「特に予定はない」

その場で正直に話したが、どうもその時の事が頭から離れない。
クリスマスなどもう彼女にとってはそれほど特別な日ではないし、それを喜ぶ程子供ではなくなった。
たかが1日限りのイベントである、他の日々と一寸も変わらない時間を過ごすだけだ。
気にも留めなければいつものように24時間経つ。
そして25日が終われば、今度は年越し準備だと日本人はめんどくさい。
お父様と慕った吉良星二郎のジェネシス計画の為、外界への興味は捨て去ったし、もう何年もクリスマスだのイベントの類は記憶の中から葬られていた。
何を今更、クリスマスなんて。

部活後の立ち話のせいで、日も落ち辺りはすっかりと暗くなってしまった。
人通りが疎らな住宅街をヒロトと並びながら歩く。
足音が響く寂しげな外と忙しなく断続的に声が続く家々の違いが少しおかしかった。

クリスマスだって。
ヒロトが呟く。

「すっかり忘れてたね」
「そうだな」

白い息を吐きながら、紺色のダッフルコートへ手を突っ込む。
手袋を買わなくては、とウルビダは思った。

「ずーっとサッカーばかりやってたもんね」
「それがお父様の望みだった」

ヒロトはその言葉に頷くと、ウルビダへと視線を向けた。
彼女も目だけでヒロトを見る。
何処か不安げで照れくさそうな顔。

(小さい頃と同じだな)

目を細めて、過去と変わらぬ表情を見つめていると彼は小さな声でウルビダに問い掛けた。

「クリスマス、やろう」
「クリスマスはやるものじゃないぞ」
「そうじゃなくて」

ヒロトは手を突き出して左右に振った。
ジェスチャーが多い奴だと前からウルビダは感じている。

「えっとね、皆でクリスマスパーティー開こうよ」

人差し指を立て、名案だろうと言いたげに彼は微笑む。
別に良い考えというわけではないだろうに。
その人差し指を手で払い落としてやった。

「何故私に言う必要がある」
「ウルビダに許可取った方がいいかなと思って。ほら、お金の管理はウルビダに任せてるし」
「私は特に賛成でもない、反対でもない。勝手にやればいいだろう」

いつもヒロトは勝手なのだから。
いつもみたいにやればいい。

払われた指をさすりながら、彼は足取りを重くした。
ああ、めんどくさい。
あからさまに気を落として、無言の駄々をこねるのは幼い子供みたいだ。
今お前は何歳なんだと言ってやりたくなるが、何せウルビダはこれが昔から苦手である。
いきなり情けなくなよなよとするヒロトに強く出れない。
弱いものいじめをする感覚というのか。
弱者を虐げる趣味などウルビダにはない。
多分、相手はそれを知っていてわざとやっているのだろう。
タチが悪い。
ウルビダはヒロトの歩幅に合わせる。
黙っていればヒロトの言い分が聞こえてくる。
しばらく喋らせて何かしらの反応を返せば機嫌が良くなって、その内解決する。
彼女はヒロトが話し始めるのを待った。
黙り始めて約2分経過した頃、やっと彼がぽつりと言葉をもらし始めた。

「だって、やっと普通に中学生として過ごせるのに勿体無いじゃないか。今まで出来なかった事いっぱいやりたいよ。ウルビダにも元気になってほしくて」
「今のはおかしいだろう」
「おかしくないよ。ウルビダ、最近元気ないんだもん」
「もんじゃない。男が言う台詞ではないだろう」

ヒロトは肩を落として情けなく眉を垂れ下げる。
その様子は動物番組で見た事ある柴犬と似ていた。

「小さい時みたいに皆で一緒に楽しい事したいんだ」

もう何年前の話になる。
ウルビダからその頃の記憶は薄れ始めつつあった。
クリスマスに何かあっただろうか。
彼女が記憶の波から断片を拾い上げようとする横で、ヒロトはクリスマスパーティーしたいとうるさく繰り返した。
正直うるさい。
黙らせて自分だけ先に帰ろうかと、拳に力を入れ始めると彼はあっ、と声を上げてウルビダに飛びついた。

「ウルビダ! 父さんからマフラー貰ったでしょ!」
「は?」
「ほら、ウルビダが来て3回目のクリスマス会の時! 君、父さんから赤いマフラー貰ってたよ!」

赤いマフラーを思い出してみる。
赤と白の格子柄だったかと思う。
3度目のクリスマスというと、雪が降っていた。
お日様園の大ホールに天井まで届きそうなクリスマスツリーが飾られていた。
そして父からそれをプレゼントとして貰ったのだ。

「よく覚えているな」
「大切な思い出じゃないか。俺、その時耳あて貰った。茶色い猫の」
「ああ、それは覚えているぞ」

ヒロトの小さな耳を覆う間抜けな猫の顔が今でも思い出せる。
寒い時にその耳あてを何度か貸してもらった事もあった。

「でさ、今年もそんな感じでプレゼント交換もしようよ」
「結局はそれか」

首からずり落ちている彼のマフラーを直してやる。
ありがとう、と当時より低くなった声で言われた。
時の流れを感じたが、この男の根本的部分は全然変わらない。

「……希望はそれだけか」
「ううん。前みたいに皆で違う種類のケーキ食べて、食べ終わったらプレゼント開けて。夜はさ皆で雑魚寝したい」
「ああ」
「うん……」

もじもじとヒロトは指いじりを始める。
恥ずかしがっている仕草である。
まあ、自分も中学生なのだからたまには。

「考えなくてはな」
「何を?」
「ケーキ買うんだろう」

ぱっとヒロトの顔が明るくなった。
それはもしかしたら街頭のせいかもしれないが。

「ウルビダ」
「なんだ?」
「ウルビダの好きな苺のいっぱい乗ったの買おうね」
「ああ」
「それでサンタさん乗せて貰おうよ」
「ああ、だから泣くな」








リスマス商戦に乗っかった











クリスマス準備号
クリスマスとかバレンタインとかイベントによる商戦は乗っからないぞ、と言いつつ乗ってしまう感じ。
ウルビダは頑固として乗らない体制だけど、ヒロトあたりがごねるとめんどくさくてついついというイメージ。
ほとんどフィーリングで書いたのでおかしい所があるかもしれない。でもそれもご愛嬌。
クリスマスまでに関連物更新したい。

2009.12.23 初出


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