ゼロの概念




 それは無になるような、別のモノに変化するような、洗練された感覚だ。
 熱を感じているのか、冷たさを感じているのか。
 中に忍び込んだのが肉なのか、それとも鉄なのか。
 今、わたしは人間であるのか。
 男女によって子を成す筈の行為を、生産性ないものへ貶めているのはわたし達。神聖である(或いは淫猥な)行為をした時、獲得されるものは満足感と安堵、痛み、子種たちの死。
 わたしの部屋。わたしのベッド、シーツ、時計、……。
 その全てが愛おしかった。



 朝日を迎えたのに気付いて、わたしは気だるげに体を起こす。冷え切ったシーツからは、噎せ返るほどの臭いがした。
 わたしは干からびて腹に張り付く精液を洗い流す為にシャワールームへ進んだ。
 熔かすようにわたしを包む湯を、丹念に腹へ撫で付ける。水を含んで再びぬめり出すそれを払い落として、髪を梳く。
 体を清める行為も、新しい自分へ生まれ変わる為の行いだと思う。
 クリアになっていく脳と視界。
 朝を迎えた時、わたしは別のわたしへと変化している。それは思わず身体が戦慄くような痺れを誘う。
 扉を拳が打つ音がした。磨りガラスの向こうに、ぼやける灰色の影がある。

「朝飯持ってきた」
「分かった」

 シャワーコックを止める。
 幾筋か水が滴り落ち、排水溝へ渦を巻きながら吸い込まれる。何処か退廃的だな、と感じた。



「ちゃんと食べろよ」

 レタスを口に含み、わたしは頷く。酸味のあるドレッシングが舌の上に広がり、唾液が溢れ出す。
 バーンは朝から肉を食べると言って、鳥の照り焼きを美味そうに食っていた。タレが唇を濡らす度、わたしは目を伏せた。性的なものを目の当たりにしている気がして、無心でサラダを貪る。歯で潰れたプチトマトが、甘味と酸味と苦味を含む実を口腔に撒き散らす。

「よく噛め」

 まるでお母さんのようだ。
 今度は言葉の代わり、顎が疲れるほど動かす。
 満足げに彼は笑う。
 わたしはサラダを平らげ、トレイを持ち上げる。彼は最後の一切れを飲み込み、同じようにトレイを持ち上げて立ち上がった。

「これからどうする」

 わたしはバーンを仰ぎ見た。彼は悪餓鬼のにやりとしてから、窓の外を示した。ああ、と理解して、わたしはトレイを返す為に部屋から出た。



 逃げ出すのは簡単だった。
 窓を壊して、アニメのようにありったけのシーツと服を繋ぎ合わせて、地面へと足をつけた。二人でその残骸を残したまま樹海へ走る。
 初めての反抗だ。
 わたし達は、父さんの切り札でありたかった。それは息子の面影を残す、彼であったけれど。
 ワイルドカードは可能性であり、希望であり、進化であり、悪性である。必ずしも有益であるわけではないのだ。父の使い方は誤ったものだった。その証拠に自分達は父の元を離れた。
 今日を迎えたら、プロミネンスとダイヤモンドダストは終わりだと皆に告げた。その意図を正しく汲み取ってくれたならば、樹海のある場所で落ち合う事になっている。
 わたし達は個を保有する為、無我夢中で湿る空気の中を走り抜けた。





黒星カオス様からのリクエストで「『ゼロの概念』でバンガゼ」でした。
丁度ペルソナにはまってしまったので、0→ワイルドというイメージが拭えずに書きました。ゲーム寄りにカオス結成前夜みたいな。ジェネシス候補(ジョーカー)3つを保持した結果、個を持った2つが逃げ出しちゃいましたよっと。最初のあはんな部分は、過去の自分と現在の自分との別離と進化を表したらいいなあ。蛇足部分かもしれませんが。厨二みたいで、シリアス難しいな。
黒星様リクエストありがとうございます!サイト移転、お疲れ様です!これからもどうかよろしくお願いします!

2010.12.28 初出 

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