メランコリーサワー



 配達の届け先は、太陽の畑にある家らしい。太陽の畑というのは、あれか、ぎらぎらと熱い火の玉が生えていたりするのか。
 ガゼルは春だというのに容赦なく照りつけてくる星を睨みつけた。直射日光を見るのはよくありません。だから店のガラクタだった黒いサングラスをかけていたりする。
 太陽の畑は店から南に行けばあるという。山を越える度、紙袋に入った品物がぶらぶらと揺れながらガゼルと一緒に飛んでいく。いくつか山を越えて、目的地だと思われる所へ辿り着いた。
 太陽の畑というから、暑苦しい場所だと思っていた。霧がうっすらとかかり、小さな蕾の花たちが敷き詰められた丘に対して全く的外れな名前をしている。
 サングラスをとっても、霧のせいで視野が狭まった。
 香霖堂の配達業務を言い渡された際に与えられた地図には、太陽の畑は黄色い色で塗りつぶされていたが様子は全く違う。地図は黄ばんで汚れていたかな、と顎を擦ると、甘い花の香りが鼻についた。今まで脳で巡っていた思考は急に霧散する。
 花の匂いは上品ながら無邪気で可愛らしい。
 何もかもどうでもよくなって脱力していく。持っていた紙袋の中身が花畑の上に転がる。ああいけない。膝をついて商品を戻す。花の匂いが一層強くなった。



 今日は暇でガゼルと人里でのんびりお茶をしないかと誘いに来たらこれだ。タイミングが悪い、まったく。
 品物が届かないのだけど、とクレームを受けた霖之助がガゼル捜索に向かわせたのは、やはりバーンだった。バーンにはガゼルの居場所がなんとなく分かる。それは何故かというと、吉良財閥の科学の集大成である空間移動装置付きサッカーボールのおかげだ。研究所の制御装置がない幻想郷では空間移動ができないものの、別のサッカーボールが何処にあるかという位置特定機能は健在らしい。サッカーボールは今や身体の中に取り込まれていて、手から出る弾幕扱いだ。ガゼルの位置をおぼろげにキャッチして確認すれば地図上の目的地とは少し違う方向だった。ガゼルは地図を正しく読めないときがあるからそのせいだな、と呆れる(地図が大雑把という点もあるかもしれない)。
 客に謝って早く仕事終わらせて、あんみつでも食いに行こうぜ。
 バーンは下に広がる白の海へ下降した。
 足元で隙間なく身体を寄せ合うのは鈴蘭の花たちだった。地図を開いて白い塗りつぶしを発見し、指でなぞってみる。むめいのおか。確かにここは寂れていて何もない。地図に描かれている白も随分と小さい。よく見なければ見落としてしまうだろう。地図上ではあるかどうかすら分からない丘は、想像したよりも広かった。
 密集した鈴蘭をできるだけ踏まないようにして進むと、ボールの発信源辺りに紙袋が落ちている。霖を○で囲んだ、古道具屋のマークだ。紙袋の中身は青い服の妖精(悪魔?)ぬいぐるみに花の種、肥料だった。ガーデニング趣味の客だと推理してから周りを見渡す。例の職務怠慢男は見えない。感覚としては、近くに居るようだ。意外に近い。探り直す。
 ……!?
 紙袋を腹に抱えてその場を飛び退く。バーンが居た場所を、硬い靴底が抉った。鈴蘭の花弁が土と同化するほどひしゃげている。しかも少し霜が降りている。

「なんかしたか、俺」

 漏れてくる冷気を、主に首筋に感じながら小さなクレーターの作者を見る。前髪から覗いた目は据わっていて、いつもとは違った淀んだ溜め池みたいな色が見えた。
 ひゅっと息をつかれた後、ガゼルが踏み込んできた。懐に入られて防御の体制も取れないまま吹き飛ばされる。胃から昼飯に飲んだ牛乳がせり上がってくるのを感じ、なんとか食道に押し込める。意外と肉弾戦に強いな、と的外れな事を思ってから胸でクッションになった紙袋を見る。人形の間抜けで愛らしい顔が、あんぱんみたいだ。牙と口のプリントがひび割れて可哀相だ。どうするこれ。紙袋を被害の及ばない所へ置いて、ガゼルに向き直るとどすの効いた顔でしゅーしゅー言っている。まるでヤクザ、いやそれ以上だ。命の危機に晒された事は何度もあったけど、今度こそ死ぬかもしれない。相方の手によって。
 彼は青い光を放ちながらバーンに突っ込んでいく。無駄に馬鹿力な相手のタックルを受ける勇気もないので宙に跳ねると、跳躍したせいで遅れた方の足を掴まれ、地面に叩きつけられた。後頭部への衝撃に星がちらちら瞬きながら激痛を知らせる。馬乗りになってくる前にガゼルの腹を蹴り、引き離すと苦しそうにえずく声がした。
 しまった、これでまた怪我をさせたら色々うるさい。霖之助とか魔理沙とか。
 蹴り上げた足で反動をつけ立ち上がる。

「まったく春から人間が騒がしいわね」

 急に投げかけられた声に振り向くと、霧の混ざる晴れ渡った空に少女の姿があった。アリス・マーガトロイドに似た金髪だ。服装も彼女の操る人形と似ている。雰囲気に言動からして、まあやはりというか妖怪らしい。

「何お前」
「メディ」

 メディはおかしいな、と言う風に首を傾げる。バーンをむむむーっと睨みつけると、あっ! と声を上げた。

「貴方、毒を燃やしちゃうからおかしくなんないんだ!」
「はあ?」
「あっちの白いのは毒と相性が良かったんだわ。人間にも変な奴が居るんだやっぱり」

 一人ぶつぶつと呟く少女は、どうやら……レティ風に言えば「黒幕〜」らしい。ガゼルがこうなったのも、彼女のせいと言えるだろう。じゃああれだ。よく霊夢がやっている、「妖怪退治」というやつだ。
 ふわふわと所在なさげに、楽しそうに浮いているメディに向かって火の玉を投げつける。幾筋の火の粉を避け、彼女は眉を顰めた。お返しにと紫色の禍々しい粒子が降ってきて、バーンは飛翔する。すごい匂いがした。毒のようだ。

「物騒」
「鈴蘭の毒を吸い続けた結果よ。今年は特にすごかったの」

 くるりと回ったと思ったら、彼女は地面に落ちていく。スカートが膨れ上がってメリーポピンズみたいになっている。
 地上戦ならこちらが有利。メディに向かって突進しようとした所で、背後から硬く焼けるように冷えた氷塊を投げつけられた。見事に被弾してひゅるひゅると落ちていく中で、砕けた自分の大きさほどの結晶を見た。被弾して当たり前だ……。

「よくやったよ! 白いの!」

 嬉しそうなメディの声が聞こえる。
 綺麗に後頭部が地面に当たる。その衝撃を予感し、目を瞑った。
 ふわりと甘いようなひりひりするような匂いがする。地面だ。衝撃はなかった。代わりに来たのは、足だった。バーンは今逆さまに吊られている。片足を持たれて。恐る恐る上を見ると微笑む瞳にぶち当たる。

「貴方、香霖堂の人?」
「違います」
「あらそう」

 足を離されて今度こそ頭を打った。鼻に毒の香りがつーんとくる。

「あの白いのかしら」
「まあ」
「あらそう」

 赤いチェックのスカートが翻り、日傘がくるりと回される。
 あわわ、とメディが慌てる声がする。

「ゆ、ゆーかっ! わ、わたしぃ!」
「全く貴方は仕様がないわねえ」

 ドウン! とゲームでよくある音がしたと思ったら、すごい光が発射された。あれ、なんか見た事あるなあとぼんやりしている間に、光の通過した場所は大蛇が這った後のように土が物凄い抉れていたのだった。
 赤い服の少女はガゼルに近付いていくと、軽々と片手で持ち上げて太陽の畑方向に放り投げた。



 にっこりと先程と同じ微笑のまま、風見幽香は紅茶を淹れてくれた。届け物であったぬいぐるみを腕に抱えて、少し機嫌が良さそうだった。その隣に座ったメディは焦げたスカートを握り締め、半泣き状態である。

「メディ、謝りなさい」
「……ゴメンナサイ」

 片言気味にメディはバーンとガゼルに謝罪をした。小学生くらいの子供の身長をした彼女を無下にできるわけもなく、二人は顔を見合わせてから頷いた。

「メディスン・メランコリーです。えと、最近スーさんが元気で、私もその……毒とか制御できるようにしてるんだけど、上手く行かない日があって、それで……そっちの白い方が来た時丁度神経毒で」

 理由がぽつぽつ話される。隣の幽香がにこにこしてる横で、メディ(愛称らしい)はガクガクと兎のように怯えていた。

「私、元々は人形であの丘に捨てられて、人間が憎くて、それで人形解放を訴えようと思って……あ、いいい今は! 閻魔様に言われてできるだけ広い視野で見ようと!」
「メディ」
「ひっ」

 幽香が問い掛けただけで、思いっきりびっくーんと肩が跳ねる。彼女は口をぱくつかせるメディに向かって、首を振った。まるで駄目だ、と言うように。

「上辺だけの気持ちで謝ったって駄目。あと嘘も駄目」
「うう〜」

 メディはばつが悪そうに唸り、それから頭を深々と下げてくる。空気が張り裂けるような声でごめんなさい! と叫んだ。

「白いのが来た時、わざと毒を操りました! 神経毒も試したかったし、人形解放への第一歩にもなるかもしれなくて!」

 ガゼルはぽかんとした。
 弱々しく健気に謝罪をしていたのとは打って変わり、悪戯がばれた悪ガキのような顔つきになったメディに向かって幽香は頭を一発殴る。脳天から煙が出ているのは気のせいだろうか。

「そういう訳で、貴方も配達場所を間違った事にも原因があると考えなさい。これで注文した物が目にも当てられない状態だったら、どうなっていた事か」

 すみません、とガゼルは頭を下げる。女性に向こうの山まで放り投げられた事が、少なからずショックらしい。幽香は頷いてから、紅茶を飲むように促した。ローズヒップティーらしく、甘酸っぱい匂いがする。
 紅茶を口に含むと同時に、舌にじんわりと甘酸っぱい所ではない味が広がった。これは、酸っぱい味だけしかしない!
 う、と口を押さえた三人に幽香の言葉が突き刺さる。

「飲めないだなんて、意地悪な事は言わないで頂戴ね。それ相応の事を、今日貴方たちはしたでしょう」

 メディとガゼルは目を泳がせた。
 だが、バーンは納得がいかなかった。ガゼル捜索に商品を守っただけでなく、気絶したガゼルに代わり頭を下げ続けたのはこの自分だ。
 あまりの酸っぱさに涙が出てくる。無理に喉を動かすと、舌と喉奥を刺激する液体が食道を通り過ぎた。
 カップの中にも、ティーポッドの残りはまだまだあった。






ひお様からのリクエストで「幻想入りでバンガゼとメディスン」でした。
操られるガゼルと救出しに行くバーンと文ちゃんという、希望のリクエストから離れてしまいすみません。花映塚は体験版止まりで博麗大結界異変の詳細はよく分かっていない状態だったりします。メディも初めて動かしてみて、矛盾点があるかどうか心配でなりません。そして花映塚関連といったら、幽香という自分の趣味での登場でした。初体験が多い話なので、すごいどきどきです。しかもリクエストからかなり時間が経ってしまいジャンピング土下座です。
ひお様リクエストありがとうございました!ひお様のお気に召していただいたら幸いです!

2010.10.23 初出 

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