キネマトグラフにより融けるバター



 そわそわ。心が落ち着かない。俺は何度見たか分からない、噴水前の時計を見た。約束の15分。やっぱり来るのが早すぎたみたいだ。
 鞄に入れて白い封筒を何度も触る。触ってないと落ち着かない。もし忘れたりなんかしたら、呆れられて嫌われちまうかもしれない。それはさすがに行き過ぎだろうけど、カッコ悪いとこは見せたくなかった。
 ごーん、と時計が10時になったのを知らせる。
 あああああああ、あと、10分。10分したら涼野がやってくる! どうしよう! まずは挨拶だな。おはよう、おっす、よっ、はーい、ぼんじゅーる、ぼんじょるの、……。

「悪い、待ったか?」
「す、ずのっ!」

 突如として現れた涼野に驚いて、俺は飛び跳ねそうになった。
 心の準備がまだだったのに! うわ、しかも声裏返った…。

「わたしも早く出たつもりだったが、君は随分早いな」
「いやぁ、今来たとこだし!」
「そうか?」

 首を傾げてくんのが可愛い。しかも私服もなかなか……やっぱりノースリなのかあ。
 俺は気を取り直して、涼野に声をかける。

「じゃ、じゃあ行くか?」
「そうだな」

 頷いて、涼野は手で太陽光を遮りながら俺の横に立った。
 隣に並んで歩くのは学校でも試合でも同じなのに、なんでこんなにドキドキすんだろ。今すごい、口ん中からからだ。




「涼野はホラーとか、ダイジョブ系?」
「ああ。むしろ好きだな」
「意外だな」
「南雲は?」
「普通」

 ふかふかしたシートは、普通のシネマルームの座席よりいいやつだ。プレミアルームの椅子に足を伸ばして、ポップコーンを頬張る。Mサイズのそれからキャラメルの甘い匂いが漂ってくる。涼野のポップコーンはバター味だ。
 涼野は暗くならない照明に、まだかと腕時計を見る。さっきやっていたショートムービーからの注意で、携帯の電源は切っていた。

「しかしすまないな。誘ってくれた上に奢らせて」
「いや、俺もタダっていうか。母さんに余ったの貰ったからよ」

 俺はまだ封筒に残っている映画券とポップコーン引換券を見せた。良かったな、と涼野が相槌する。俺は封筒から、券を半分取り出して相手に渡す。

「やるよ」
「そんな、悪い」
「俺、あんまり映画来ないし」

 押し付けるように涼野に渡せば、困ったような顔をした涼野が口を開こうとした。その時、場内に開始のブザーが鳴り響く。照明が段々と落ちてくるから、俺たちは椅子に座り直した。




 暗い中で、怪物についた鎖がじゃらんじゃらんと鳴って迫ってくるシーンが印象的で、今日はその夢を見そうだ。涼野は映画のパンフレットを買って、少しばかり嬉しそうだった。

「中々面白かったな。DVDが出たら買おう」
「そんなに面白かったのか」

 涼野は興奮気味に首を縦に振る。
 そんなに喜んでもらえるなら、誘って良かったな。
 俺はダブルチーズバーガーに齧り付いて、ポテトを涼野に分け与える。チョコパイとポテトを食べつつ、パンフレットに見入る相手。表紙に印刷された正体不明の化け物。涼野はホラー好きっていうイメージがなかったから、趣味が分かって今日はちょっとした収穫だ。

「南雲」
「何だよ」
「ん」

 涼野はポテトをもごもごさせながら、俺がさっき渡したチケットを差し出してきた。

「南雲がお母様から貰ったものだろう」
「でも、俺は」
「いいんだ」

 頑なに拒むから、俺は若干震える手でそれらを受け取る。
 ちょっと強引だったか。ああああああ、俺の馬鹿。

「わたしに渡さなくてもいいじゃないか」
「……」

 券を封筒に押し込むようにしながら、俺はつんとしてくる鼻とじりじりする目に力を入れる。ここで泣く訳にはいかない。てか何で泣くとか、俺……。

「また誘ってくれれば、それでいいから」

 くしゃくしゃになった券の皺を伸ばして、俺は涼野の顔を見た。何でもない、という表情でポテトをもぐもぐしている。

「じゃあ、また来週見に行こうな」
「今日と同じやつな」
「えーまた?」

 携帯のカレンダー機能に予定を入れる間、俺はにやついてしまうほど、とっても嬉しかった。
 その夜、鎖を引き摺る怪物の夢は見なかった。






emo様からのリクエストで「によりシリーズで少し進展した二人」でした。
少し進展して、土曜日曜に遊びに行く南→←涼。まだ付き合うまでいかないけれど、プライベートで二人だけで会うってやっぱりドキドキ。映画のタダ券貰ってどうせ見るなら、と誘った南雲。券渡されたら、一緒に行くっていう口実がなくなっちゃう涼野。これがきっかけで映画デート週間開始。実際にポップコーン引換券はとても美味しい特典です。
emo様「により」シリーズにリクエストありがとうございます!リクエスト消化が遅くなりまして、すみません。それでは、またお会いできたら^^

■以前書いた拍手文の続きっぽくなってました。偶然の産物!

2010.09.06 初出 

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