※痛い、病み気味、電波、ホラーっぽい。
 解説は後ほど。



「君たちプロミネンスの赤は、とても下品な色だな。反吐が出る」

 煌々と照らされる灯火の下、ガゼルは吐き捨てるように言った。先の口喧嘩で、感情が昂ぶり始めていたバーンは激越した。いくら罵詈雑言を繰り返した所で、ガゼルの表情は冷淡なままで、やがて目を伏せた。

「時間だ」
「何の」
「貴様には関係ない」

 それに君に付き合ってられない、と呟いてガゼルは出ていった。
 胸糞悪いまま取り残されたバーンは舌を打ち、玉座に腰掛ける。ここに座っている間は、自分が頂点を極めたる王であるのだと夢想できた。しかしそれは虚しいだけで、現実に戻れば過去の自分より惨めになっているのだ。
 バーンはガゼルの隣に立ちたかった。それは彼と初めて対面した時から願った。しかし彼はそれを許さず、悪意をぶつけ、バーンを遠ざける。
 ガゼルの悪意の対象はグランとプロミネンスにも及ぶ。目の敵にしているのだと考えていたが、そうではないとグランは頭を振る。
 あの子は可哀相な子だ、と彼は言った。それを理解する事はできなかった。



「レーゼ、君の色は好きだ」
「"は"?」
「わたしは赤が嫌いなんだ。バーンとグランの色がな」
「何故」
「あのくすんでいるのに下品に鮮明な色が嫌いなんだ」

 ガゼルの話はいつも奇妙である。
 レーゼは不可解を抱えながら彼を仰ぐ。セカンドランクの身であるのに何故構ってくれるのかと問えば、色が好きだからと答えられる。
 彼の話には、必ず色について語られる箇所がある。何故彼が色に執着するのかは恐ろしくて聞いた事はない。

「ガゼル様、先生が呼んでいらっしゃいます」
「ああ、レーゼ。君はとても良い子だ。萌黄のような色がわたしは好きだよ」

 そう言い残して、ガゼルは診察室へ吸い込まれていった。
 レーゼも自分が呼ばれるのを待ち、椅子に深く座り直した。
 彼は一体何の異常があったのだろうか。ガゼルは小さい頃から受診していたと聞く。それを聞くのも戸惑われた。



 先生が言うには、ガゼルは色覚に異常があると云う。ガゼル自身、そのような異常は全くない。
 先生は無精ひげを撫ぜ、色環をガゼルに見せた。

「それぞれの色の名前を言ってみなさい」

 ガゼルは頷いて、時計回りに色の名前を上げていく。何の問題もない。先生は唸り、今日はこれで良いと告げた。
 診療室から出て、冷たい廊下を歩く中、外の緑と赤が見えた。木と夕日の色。ガゼルは夕日の色も嫌いだった。
 前方に視線を戻した時だった。不快感がガゼルを襲う。
 グラン、と声に出さず呟いた。

「何の用だ」
「今日、診療の日だって聞いたから」
「貴様には関係ないと何度言ったら分かる」

 グランはガゼルから距離を取ったまま、困ったように窓を一瞥した。

「君は、レーゼと仲が良いみたいだね」
「別に」
「何で、彼に構うんだい」
「何だっていいだろう」

 早く部屋に戻って休みたい。
 ガゼルはグランを殴りたい衝動を抑えつつ、彼の傍を通り過ぎる。
 グランは息を吸い、色、と確かな声を上げた。

「君はレーゼの色が好きなんだろう」
「だから」
「君の思っている色を、彼はしていないよ」

 グランの言葉に、殺してやりたいと思った。
 何故色を否定される。皆否定する。これがわたしの世界だというのに、何故皆否定するのか! なぜなぜなぜなぜなぜ! 

「君は分かっていない」
「分かりたくもないね」

 犯罪者にはなりたくないから、殺さないでいてあげよう。
 ガゼルは先程の同じ歩幅で歩き始める。グランから遠ざかる。一刻も早く、彼から離れたかった。

「君の視ている赤は、一体どんな色なんだ!」

 悲痛な叫びに、狂ったような笑い声が体中を駆け回った。



「何という事だ。揃いも揃って」

 部屋に戻れば、不法侵入者が居た。頭ががんがんしてくる。
 ベッドに乗り上げているバーンはガゼルの帰還に気付くと、ガゼルに近づいてきた。肩に手を掛けられ、そのまま壁に押し付けられる。痛みは伴わない。優しく力を籠めてくるだけだった。

「グランから聞いた」
「何を」
「お前が、色覚異常だって」
「あの糞野郎が!」

 何で知っている。何で知っている!
 バーンの腹を蹴り、グランに何処まで情報を与えられたか問いただす。咳をし、血を吐き出すバーンに虫唾が走った。

「お前の視ている赤と緑の色が逆転してる事」
「は? お前は何を言っているんだ。何でそんな事を言われなくてはならない。嘘を言うな嘘を。ふざけるな糞が」

 平手打ちをすると、またバーンは血反吐を吐き出す。血の混じった唾液が、床を汚す。

「ああ、汚い色だ。血なんて見せるんじゃねえよ、お前の色も大嫌いだ。何で赤なんて在るんだ、汚い汚い気持ち悪い!」
「ガゼル!」

 体を押さえつけようとするバーンを引き剥がし、部屋を出ようとする。足に絡みつく彼の腕でそれも叶わず、ガゼルは床に倒れる。歯を思い切りぶつけた。口から血が垂れる。

「汚い嫌だいやだ! 赤なんて、ああ気持ち悪いぃ! 嫌だいやだ、気持ち悪い! 助けて、ああ血が赤くて、ああ!」


 ガゼルは血の色が嫌いだった。傷口からぷくりと膨れてくる赤い色が大嫌いだった。
 赤いグランとバーンも吐き気がする程嫌いだ。だが、グランの緑の目は好きだった。
 ガゼルは赤は大嫌いだが、緑は大好きだった。鮮やかで興奮を促すような情熱的な色が好きだ。だからレーゼは、ガゼルのお気に入りだった。
 ガゼルは緑が好きだ。
 緑が、好きだった。





マンセル色環と幻視









元ネタはホラー映画の「感染」から。赤と緑が逆転しちゃう。
ガゼルの視ていた赤は実は緑で、緑が赤で。何故こうなったのかは、事故による後遺症(沙耶の唄みたいな)、実父母が事故や殺害死亡時に居合わせて真っ赤な血にトラウマ。脳が赤を緑に識別変更とか…。SFみたいな話になってしまいました。あ、幻視は別に相手の視界はジャックしません。
最初は後天性で、元の色を知ったまま、で書こうと思いましたが面白くなかったので不快な感じを出す為に。随分と意味不明な話になってしまいました。
自分の認識している色は、本当にその色なのか。他人も同じ色を視ているのか。

2010.08.23 初出

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