ハートフルボッコ:フランちゃん



「そろそろ頃合いかもね」

 後ろで呟いたレミリアの言葉に俺は首を傾げる。真っ赤な普通でない紅茶を啜りながら、レミリアはにやりと笑ってみせた。悪魔が笑っている。これはろくな事が無いぞ。ごくりと喉仏が上下する。

「仕事にも慣れてきて最近暇だなあと思っちゃうバーンに朗報よ。新しい仕事を任せたげるわ」
「何ぞそれ」

 それに全然暇じゃないから。
 ケーキを乗せていた皿をトレーに置き、新しい紅茶を注いだ。酸っぱいような重い鉄のような匂い(ホントに鉄臭い)にむせそうになるけど我慢した。砂糖を一杯、ティースプーンで掻き混ぜてレミリアは口をつける。んふふ、と彼女は俺を見つめた。紅い目がぎらりと光る。

「貴方に妹の世話を任せたいの」
「妹?」

 初耳だ。この紅魔館には主人のレミリア・スカーレット、メイド長、妖精メイド大勢、引きこもり魔女に助手の小悪魔、門番……だけだったはず。少なくとも、レミリアの妹らしき人物と会った事はない。

「当然よ。外には出していないんだから」

 俺が質問すると、あっさりと答えが返ってくる。
 外に出していない? 館の中でも会えない? 館の中ですら会えないと言う事は、つまり、妹は。

「閉じ込めてるのか!」
「そう。あまりにも危険だから」
「妹だぞ、お前の!」
「貴方は血に飢えた恐ろしい野獣を放し飼いにしたいと思う?」
「例えが酷い」
「まあ同じ物よ。能力が危険すぎるのに、まだ思考も幼稚すぎるの。私みたいに立派なレディなら話は別だけど」

 立派なレディ? いやいや、お前も十分思考が危ない我が儘お嬢様だけど。
 俺はレミリアの妹を想像してみる。姉よりも危ない悪魔。凶暴な獣。ああ、もしかして人型じゃないのかも。
 レミリアがカップを放り、ちりんとベルを鳴らした。次の瞬間には俺の横にメイド長が立っていた。

「バーンが何かやらかしましたか」
「第一声がそれって何だよ!」
「あら違うのですか、お嬢様」
「ええ。咲夜、彼にフランの世話を任せたいと思うの。良い考えだと思わない?」
「とても」

 これ以上はないという爽やかな笑顔で咲夜さんは答えた。決まりね、とレミリアが羽をぱたつかせる。

「貴方がこの屋敷で働いた不貞を償うのに丁度良いわ。まあ死なない程度にね」
「どういう事!」
「さあ行きましょうか。妹様もお待ちかねですわ」
「いや待ってないと思う!」

 咲夜が首根っこを掴んで俺を引きずると、レミリアは手を振った。まるで永遠の別れをするようだと見えたのは、気のせいだったのか。



「何で俺なの」
「まあ私は手一杯だし、パチュリー様も引きこもってるし、妖精メイドはもってのほか。美鈴は……サボるからね」

 蝋燭が連なる階段を下り、魔法陣の重なる頑丈そうな扉を目にして、ああこれは大物だと嫌な予感がした。こんなにしてまで出したくない妹とは一体。

「あまり刺激したり興奮させたりしたら駄目。弾幕ごっこも、しない方が身の為ね。さあ、いってらっしゃい。一時間したら、迎えに来たげる」

 咲夜さんは俺に紅茶とケーキを渡すと扉をくぐらせた。外から入るのはオーケーらしい。扉の向こうにはレミリアの部屋とそんなに変わらない間取り。違っていたのは、ベッドが壊滅状態で、床に打ち棄てられたぬいぐるみが無残になっている事、カップらしい陶器の破片が所々。もう空き巣、強盗が入ったとかの騒ぎじゃない。本気でやばいかも、と思った時、後ろから背中を押された。体勢を崩しそうになるが、何とか立て直す。犯人は、例の妹だろう。恐る恐る振り返る。怪物でも獣でも、もうどうにでもなれ!

「貴方は新しい玩具?」

 くりくりした紅い目を瞬かせ、悪魔の妹は問うた。
 なんだ普通の人型か。死ぬ覚悟は要らなかった。

「玩具じゃなくて、雑用係というかメイド係というか。これから妹様の世話をする事になった」
「皆壊れちゃったからね、もう代わりが居ないんだわ」

 足元に落ちるぬいぐるみを蹴り上げる。壁に叩きつけられたそれは、哀しげな黒いボタンが取れて片目だけになった。

「貴方は、すぐ壊れない?」

 ぞくりとする感覚を無視して、俺は頷いた。それ以前に壊されてたまるか。

「なら良いよ。おやつ頂戴。私は咲夜のおやつと美鈴のご本しか楽しみがないの」

 ここに置いて、と妹は空きスペースにトレーを置かせた。フォークを握って大きく切り分けて、食べる。レミリアは反対にちびちびと食べるのに、妹は三口だけで食べ終えた。

「貴方の名前は」
「バーン」
「変なの」

 おかしそうに妹は笑う。別に怪しい笑いじゃないし、危ないってわけじゃ無さそうだけど。

「私、妹様って呼ばれるのあんまり好きじゃないからフランって呼んでよ」
「フラン?」
「腐乱死体のふらん、じゃないよ。フランドールのふらん。分かった?」
「オーケー」

 フランは紅茶を飲み込むと、俺に色々話し掛けてきた。
 何で此処にいるの。お姉様に運命いじられちゃったの。それとも何か呪いをかけられたの。ああ、貴方人間! 私人間見るの二回目なの! 弾幕ごっこやろうよ。できないの? 役立たず……。
 散々な質問攻めと罵りは、咲夜が迎えに来るまで続いた。子供の相手なんぞまともにした事が無いから疲れた疲れた。

「大丈夫、慣れるわ。明日から半日お世話頑張ってね」



 その夜、地下の大図書館に引きこもるパチュリーからフランの事を教えてもらった。フランはあらゆる物を破壊する能力を持ち、幼いゆえに気に入らない事があるとすぐに物を壊してしまう。人間も妖怪もぬいぐるみにティーカップも全て。その危険さにレミリア達はフランを495年間部屋に閉じ込めてきたそうだ。

「長いな」
「まあね。でも何でもかんでも壊してしまうのは恐ろしいし、レミィも手を焼いているのよ。妹様は少し気が触れている所もあるし余計にね」

 パチュリーは本のページを次々と捲り読み終わった本を小悪魔に渡していった。

「貴方が来る前、一度自力で出てしまって大変だったわ。その時は霊夢と魔理沙が相手してこてんぱんにしたのよ」

 その後も大変だったけど。
 あの扉の魔法陣もその事件で、上級魔法を用いるようにしたらしい。パチュリーは本を読むのに集中したいからもうお仕舞い、と俺を部屋に帰した。俺の部屋は美鈴の隣だ。壁は厚いのに隣から美鈴の鼾が聞こえてくる。
 俺はベッドに潜り込んで、窓の夜空を眺めた。吸血鬼の朝はこれからだ。フランも外に出たいだろうに。出させるにはある程度の忍耐と一般常識を身につかせなくては。まず気が触れているというのをどうにかしなくちゃ。癇癪を起こすだけで、大袈裟に言い過ぎなんだ。あんなにぐちゃぐちゃな部屋に居たら、気分も滅入ってしまう。よし、明日は掃除をしよう。世話を任されたのは俺なんだ。何も文句は言われまい。


「だからとわたしを巻き込むのはどうかと思う」
「いいじゃん、子供の相手得意だろ?」
「495歳は子供じゃない」
「まあ、妖怪だから」

 地下の階段を下りていきながら、ガゼルは溜め息を吐く。まだ居候先が決まらないこいつは、今日は魔理沙の家に泊まっていた。

「あまり子供は好きじゃないんだけど」
「そうかあ? お前赤ちゃん抱っこしてる時とかでれでれだぞ」
「嘘だ。子供は好きじゃない」
「嘘じゃない。じゃあ、今日からお前子供好き。俺が今決めた」

 例の冷たい扉の前に来た。一応ノックをしてから、魔法陣の光る扉を潜る。

「フラン、昼飯だぞ」

 部屋は昨日より酷くなっていた。咲夜さんが取り替えたベッドはただの木材になって、枕と布団の羽毛が部屋を真っ白にしてしまっている。壁紙も引き裂かれ、無機質な鉄が剥き出しだ。

「なあ、バーン」

 この光景を異常と感じたガゼルは、目配せをする。

「フラン、ご飯だぞ」

 声をかけても、フランは姿を見せない。無残になった布団を捲くったりもしたけど、誰もいない。すると、すんすんと鼻を鳴らす音がした。クローゼットからだった。獣のような爪痕の残るクローゼットを開く。ふわふわとフリルをふんだんに使った服の中に、フランは居た。顔を覆って、表情の見えないフランに身を乗り出す。

「フラン、どうした」
「私はいらない、って言われた」
「誰に」
「わからない」

 すん、と鼻を啜り、フランはクローゼットの更に奥へ身を寄せる。

「私は危険、危険物は処理しなくちゃ、私はいらない、すてなくちゃって」

 じわりと涙が滲む。フランはしゃくりあげずにがたがた震えだした。
 気が触れている? 閉じ込められている事にストレスを感じているのか?

「フラン、とりあえずクローゼットから出ような。ご飯食べよう」
「私危険? 危ない、壊しちゃうからあぁ」

 とうとうフランは大声を上げて泣き出した。泣いた子供は苦手だ。俺が何を言っても泣き声で掻き消される。あわあわとする俺に、ガゼルはあからさまに溜め息を吐いて俺を押し退けた。そのままフランの手を掴み、クローゼットから引っ張り出す。きょとんとするフランを腕に抱いて、赤ちゃんにするみたいに背中を擦り始めた。

「フランがいい子にしていれば皆怖がらない。大丈夫だ、君は危険じゃない」

 さすがガゼル。子供相手、やっぱり得意じゃないか。

「バーン、誰?」

 落ち着いたフランは俺に顔を向けた。真っ赤な目が更に紅くなっている。

「わたしはガゼル。バーンの……腐れ縁。うん、腐れ縁だ」
「素直に番と言ってくださいガゼルさん」
「友達?」
「そうとも言うね。フラン、ご飯食べよう」
「うん」

 明らかに俺より子供の扱いが上手いだろ、ガゼル。
 そんなガゼルはフランの座るスペースを作ると、フランの胸元にナプキンをつけてご飯を渡した。泣き疲れて腹が減っていたらしいフランは、昼飯を口に押し込むようにして食べている。ナプキンがミートスパゲティのソースで汚れていく(このソースも何処となく鉄臭い気がする)。
 すぐに食べ終えたフランの口元の汚れを、やはりガゼルが慣れた感じで拭った。

「フラン、掃除をしようと思うんだ」
「掃除?」

 ぐしぐしとナプキンで拭われながら、フランは首を傾げる。

「ぐちゃぐちゃなままじゃ嫌だろ? だから掃除しよう。綺麗になったら、一緒に勉強して、遊ぼう」
「勉強嫌いだわ」
「俺も嫌いだけど、フランの為だ。フランが外に出られるようにするのに」

 その言葉にフランは大きく反応した。宝石の翼が、きらりと揺れる。

「外に出てもいいの?」
「フランが良い子に出来るなら」
「できる! 私良い子にできるよ!」
「じゃあまずは掃除しような。フランは要らない物と要る物を分けて。俺は箒持ってくる」



「今日は随分と遅かったのね」
「悪いな」

 パチュリーは本を見つめたまま、紅茶を受け取った。疲れた体は、この仕事を終えれば休められる。俺は近くの椅子に座って、パチュリーが飲み終えるのを待つ。

「何かあったのかしら」
「んー、フランが外に出られる日も近いかもなーって」
「そうなの。まあ、妹様はレミィよりは聞き分けの良い子だしね」
「まあな」

 パチュリーは最後の一口を飲み干して、カップを片付けさせた。これで今日はお仕舞いだし、ガゼルも遅くまで手伝わせたからここに泊まりだ(フランが部屋に泊まらせたいと五月蝿かった)。

「妹様が何かやらかしたとしても、私は知らないわよ」
「わーってるよ」

 仕事を終えて部屋に戻ると、ガゼルはもうベッドに入って眠ってしまっていた。久しぶりに、……その、しようと思ったのに残念だ。
 俺はガゼルの横に寝転がって、、背中に腕を回してみた。そのままガゼルに足蹴されたけれど。







廼様からのリクエストで「幻想入り、フランちゃんとの邂逅」でした。フランチャンウフフ。
紅魔館組の中でも絶対に絡ませたいと思っていたので、今回出会い編が書けてよかったです(ただ、「邂逅」であるのに偶然に出会っていないという…)。今気づいたら、フランちゃんて気が触れている設定から情緒不安定に修正されていたのですね、迂闊でした。495年幽閉されているというせいで、ちょっと躁鬱の気があったりするとフランちゃん可愛いです。そんなフランちゃんのお世話を任されたバーンは前向き根性で、お外に出そうとこれから奮闘します。ゲームの紅魔館以降に館の中限定で出してもらえたらしいので、その設定に繋がるように書きました。自分の中ではバーンよりガゼルの方が子供のめんどう得意そうに感じます。なぜでしょう。
長くなりましたが、リクエストありがとうございました! お気に召さなかったらご一報くださいませ。そして、また遊びに来ていただければ幸いです。

2010.07.15 初出 

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