夏至により短い可視光波長



 夏が近い。ぐわんぐわんと暑さで視界が歪み、狂っていく。嫌いな季節の始まり。半年前までは冬であったのに。時というのは過ぎるのは簡単で、とても残酷なものだ。あと1ヶ月。3年生は、7月いっぱいで部活引退となる。雷門は中高一貫の学校だから、進級試験をパスできれば問題ないのだが、他校へ進学する場合は受験勉強が必要になる。
 とにかく、中学最後の試合がある。晴矢は持ち上がりなのか、受験なのか知らないが、どちらにせよ一緒に同じフィールドを走るのは最後かもしれない。


 どこか鉄くさい水道水で汗を流し、火照りを振り払うと、隣に熱を感じた。名前を呼ばれる。髪から滴り落ちる水が目に入らないように細めつつ、彼の差し出してくれたタオルに気付いて受け取る。仄かに、シトラスの匂いがした。

「なあ」
「うん」

 晴矢は壁にもたれて、自分の首にかけられたタオルで顔を拭く。

「風介、受験すんの」

 わたしは髪をかき混ぜる動作を止めた。水分を含んで重くなったタオルで、顔を隠す。

「情報が早いな」
「ヒロトに聞いた。その……、引っ越すとか」
「しないよ。5駅ほど離れた所だから」
「電車?」
「珍しくないだろう」

 わたしはタオルを置いて、晴矢に近付いた。何処か捨てられた子犬の目をした彼に、ついと視線を外す。

「どこ?」
「情報系の学校だよ。公立の」

 彼は頬を膨らませた。気に入らなかったり、よく理解できていない時の彼の癖。その厚くて柔らかい膜を指で突いて、空気を抜く。

「わたしと同じ所に行こうなど、考えるなよ。そういう事をするのは、自分の道を見据える事のできない馬鹿だけなのだから」

 それでも晴矢の表情は変わらないままだった。オレンジのタオルを握り締めて、わたしを見つめる。泣きそうな顔。情けない表情に、わたしは両頬を挟んで歪ませてやった。

「なあ晴矢」
「なに」
「時間、あるか」

 午前練の今日は、これで終わりだ。一緒に遊びに行こう、と言うと、晴矢は目を丸くさせて、唇を震わせた。どもりながら、彼はデートかと問うてくる。わたしは笑った。

「いいよ、それでも。デート、しよう」


 町の中心部にあるショッピングモールに足を踏み入れた。冷房の効いて心地良い空間は、先程までの汗を一瞬で消してしまう。土曜という事で、人は沢山居て密度も中々の物だ。なので、わたしたちは手を繋いだ。体を寄せ合い、人を避けるようにして歩けばきっと気付かれない。晴矢の手は、とても熱かった。
 昼食はファストフードで、後でゲームセンターに行って、買い物して。並べたものは、他の皆と遊ぶ時と何ら変わらないけれど、わたしの胸はとても痛く鼓動した。

「ああ、待って」

 晴矢は急にわたしを引き寄せ、人の波から外れた。アクセサリーショップまで連れてこられると、指輪、と彼が手に取って見せてくる。

「風介に似合いそうじゃね」
「結構、ごついな」
「デザインはいいけど。――あ、だめだ、やっぱごつすぎる」

 わたしの指にその輪を照らし合わせて、眉を顰める。もう片方に別のリングを持つ。細いデザインは、エンゲージリングのようにも見える。

「これとか合うかな。手出してよ」
「ああ」

 言うとおりに手を差し出すと、彼は恭しくその手を取って、薬指にリングを嵌めてきた。一人満足して、晴矢はにこりと笑う。

「似合ってる」
「晴矢、恥ずかしいから」
「大丈夫、人も居ないし、見られてないよ」

 確かに指輪のコーナーは奥まっていて外からは見えないし、客もそんなに入っていない。わたしは指で光るリングを確認して、赤面した。

「高いから買えないけど、気分だけ、な」
「ばか」

 わたしは指からリングを外した。間接の部分で突っかかるのは、抜き去るのを拒むようで心苦しく思ったが、何とかディスプレイに戻す。晴矢は、やはり寂しそうな顔をした。1年後には離れてしまう(大げさだ)わたしを縛り付けたいのだろうか。心臓に近いという箇所を縛った所で、何もないというのに。わたしは指の拘束具たちを眺めた。人は何を思って、この輪をつけるのだろうか。
 わたしたちは大っぴらにできる関係ではない。だから明らかに目に付く物はしない方が……悲しいのだが、よかった。
 晴矢はまだ指輪を見つめて、綺麗だな、と呟いた。わたしも頷く。
 ああ、愛しい。緩く胸が締め付けられる。

「晴矢、縛り付けられるのはこれだけじゃない」
「え」
「ほら」

 リングの横のミサンガのコーナーから紫の物を差し出す。ここに入ってきた時見た物で、これも中々に綺麗であるから目に留まった。

「ああ、この前の切れちまったしな」
「そうじゃなくて」

 装備品の方のミサンガ、というのじゃなくて。別にこれをつけても能力は上がりはしないよ。

「これ、同じ物を買おう」
「はあ」
「わたしとお前だから、青と赤。混ざれば紫。同じ物を買えばいい」
「風介さん、話が見えません」

 ミサンガを2つ引ったくり、わたしはレジへと駆けた。晴矢が呆気としながら、こちらに来た時には、店員が包装をし終わって手渡してくれた。

「風介さん?」
「わたしは何処にも行かないよ、晴矢」

 彼の胸にそれを押し付けた際、そう耳元で呟いて、すぐ離れた。
 後ろから店員の声が聞こえる。

「なあ風介、どういう事だよ」
 
 追いついた晴矢がわたしに腕を回す。それに、と彼は包装紙を一瞥した。

「貰えないよ」
「あげるとは言ってないよ。君が欲しいというなら、金は貸しといてやる」
「意味分からん」

 晴矢はポケットに包装紙を入れようとした。わたしはそれを止め、辺りを見回す。人波から外れた所。そこには扉がある。その扉の先には、休憩用のベンチが置いてある。そこへ晴矢を引きずって、無理矢理座らせた。空気を押し込めるように扉が閉まる。

「晴矢。わたしは何処にも行かない」
「うん」
「それでも、わたしが君に縛られている証が欲しいならば、これで縛り付ければいい」

 包装紙からミサンガを出す。熱帯の蛇のようなそれは、編みこまれた銀色の糸で時折きらきらする。

「指輪じゃなくて、すまないが」
「そういう意味だったのか」
「さっき、君が……婚礼の儀みたいに、指輪を嵌めるから」

 わたしはミサンガを晴矢の手に置いた。だらりとする糸の集まりを、晴矢は見つめる。

「じゃあ、結婚式みたいにする?」
「……誰も居ないよな」
「大丈夫」

 もう一度晴矢は、わたしの手を恭しく取る。彼が、手首にそれを二周巻きつかせてきつく紐を縛る。ちょっとやそっとで解ける物じゃない。彼もわたしに向かって手を伸ばす。彼の右手から包装紙を奪い、半ば強引にミサンガを取り出して、手首に蛇を二重に巻く。一番最後の、固く紐を結う所で少し戸惑った。
 
「えーと、何だっけかな」

 晴矢はわたしと手を繋ぐ。体を寄せて、互いの胸に拳が当たるようにした。

「私南雲晴矢は、涼野風介を健やかな時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わず彼を愛し続ける事を誓います」
「よく覚えてるな」
「ついこの前、従姉のねえちゃんの結婚式に出たから。はい、風介も復唱」
「わたし涼野風介は、南雲晴矢を健やかな時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わず彼を愛し続ける事を誓います」

 言葉を並べ終えると、とても恥ずかしくなった。結婚式で言えば、次は……。

「じゃあ、ちゅーするか」
「う、うん」

 ぎこちなく頷き、外から誰も見ていない事を確認するとわたしたちはキスをした。繋ぎ合う手がより一層強くなる。外の雑踏が、遠くなっていく。
 これが、わたしたちの初めてのキスでもあった。








中村様からのリクで「により設定で初めてお揃いの物を買う南涼」でした。雷門は中高一貫とか適当な事抜かしましたが実際どうなんだろう。18歳編の涼野は専門学生で、進学校はどちらかと言えば大学受験優先になるのかなあと考えた結果、高校は受験するよな涼野。離れれば勿論一緒にサッカーできないと焦る南雲。みたいな。しかもこいつらちゅーもまだだったのか!
ゲームでも大活躍なミサンガですが、ミサンガって注連縄と同じで小さな繊維を結ってゆって頑丈な一つにするわけである意味神聖なものですよね。(元ネタ東方)リングでやるよりも、もっと強い絆だったり誓いだったりできそうです。一応、須臾繋がりで。
初めてお揃いの物、というよりは初めてのちゅう、な話でちゃんとリクエストに答えられているかどうか。お気に召さなかったらご一報ください! リクエストありがとうございました! これからもどうぞ仲良くしてやってください^^

2010.06.26 初出 

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