※「により」未来シリーズ
 南雲+某眼鏡着脱AVGキャラ



「あちゃー」

 見事に空気の抜けてぺしゃぺしゃになった黒いタイヤ。一体どこでやってしまった。あーあ、お気に入りのマウンテンバイクだったのに。
 折角の土曜日。風介はプログラムがうまく走らないと昨日から新宿にある学校に泊まりで居なくて、一人で家に居るのも虚しいから少し遠出してみたはいいものの、まさかのとんだ不運だ。しかもここ住宅街だし。近くに自転車屋だとかがあるとは思えない。

「あー俺ってめっちゃ不運ー」

 大学のキャンパス内で何度も派手に転んでいる、噂の不運青年よりマシかもしれないけど。タイヤをからから回しても、悲劇のヒロイン(ヒーロー?)ぶっても、時間が元に戻るわけでもない。とりあえず、助けを求められそうな所を探さねば。きょろきょろ見回して、家以外の物があるように願う。

「おや」

 神様ってのは捨てたもんじゃないかも。自転車を持ち上げて、目標まで突っ走る。道路の隅に、おしゃれな立て看板。そこにはチョークで書いたとは思えない綺麗な字でモーニング・ランチサービス、AセットBセット……。喫茶店だった。近くの修理屋とか教えてくれるかもしれない。自転車を置いて、恐る恐る扉を開いてみる。中から、テンポの良い曲が流れてきた。からん、とカウベルが大きな音を立て、店員に客の来訪を知らせる。
 ぴょん、と視界の端で茶髪が揺れた。

「いらっしゃいませえ」
「あの、お聞きしたい事が……」
「はい?」
 
 店員は首を傾げ、拭いていたティースプーンを置く。

「この近くに自転車を修理してくれる所ってありますか」
「自転車? 何、パンクでもしたの?」

 近づいてきた相手の身長は、俺より高かった。
 扉の外に置いた自転車を見て、あーと声を洩らした。

「あのお、もし良ければ俺が直しちゃいましょうか? パンクだけだったら、ちょちょいとやっちゃいますよ」
「え、良いんですか?」
「勿論。あ、お礼は此処で何か食べてってくれるだけで良いから」

 とっつきやすそうな笑顔で、彼は店内へ招き入れた。親切な人だ! アフロディ、俺これからちゃんと神を信仰するわ。

「マスター、ちょっと持ち場離れるね」
「早く戻れよ」
「はーい」

 カウンター越しに、白髪交じりの中年の男と言葉を交わすと、彼は出ていった。先程は気付かなかったコーヒーの強い匂いが漂う、しんとした空間に、少しだけ緊張する。

「あの、すみません」
「良いんですよ。あいつが勝手にやる事なんですから」

 店員に対して硬く冷たい口調ではなく、柔らかい声音でマスターは言った。

「えと、ランチはまだやってます?」

 腕時計を確認すると、2時を過ぎていた。普通なら、2時でランチサービスは終わる。しかしマスターは笑い、メニューを渡してくれた。

「平気ですよ」
「あ、じゃあ……Aセット1つ」

 コーヒーとタマゴサンドのセット。8時から何も入れていなかった胃には丁度良いかもしれない。立ったままもあれだったので、近くのカウンター席に座る。ぐっとコーヒーの匂いが近くなった。
 マスターは何も言わず、カップに黒々としたコーヒーとサンドイッチを用意してくれた。卵の甘さにマスタードの酸っぱい匂い。きゅうきゅうと胃と腹が熱くなり始める。

「どうぞ」
「どうも」

 4枚切りの食パンを使っているのか、タマゴサンドはかなりの厚さになっている。コーヒーは天井まで湯気を立ち昇らせた。ごくり、と生唾を飲む。

「いただきます」

 一口、タマゴサンドに齧り付く。柔らかいパンと卵が口の中で混ざる。半熟でとろんとした黄身の甘味に、アクセントとして粒マスタードのピリ辛さ。美味しい。これなら何個でもいけるかも。

「お客さーん、終わったよー」
「え、もう?」
「そー早いっしょー」

 ぶい、と茶髪店員はピースサインを俺に送る。タマゴサンドを食べる俺の横に、彼が座ってきた。じーと俺の顔を見つめ、人懐っこい表情をする。

「家、この近くじゃないっしょ? サイクリングとか趣味なの?」
「太一、失礼だぞ」
「だってえー。あ、あのさ、FFIに出てなかった? マスターも知ってるっしょ? フットボールフロンティアインターナショナル」
「ああ、生中継でやってたな」
「そーそー。韓国代表の、確か、南雲、晴矢……。合ってる? それとも人違いだった?」

 俺は首を振った。FFIの後、その質問を何度も受けているから不快には感じない。すると、店員は頬に両手を当て、きゃあ、と声を上げた。

「すごい、俺代表選手に会っちゃってる!」
「そこまで驚かなくても」
「いやいや驚くよ! わあすっげえ! 克哉さんに教えなくちゃあ!」

 一人で盛り上がる店員の頭にシルバートレイが振り下ろされた。マスターが鼻を鳴らし、俺に頭を下げた。

「すみませんね、お客さん」
「いえ」
「太一も謝れ」
「ごめんなさい」
「いや、気にせず」

 俺は手を体の前で振り、話題を逸らそうと左上を見た。

「あータマゴサンド美味しいですね! 今まで食べた中で一番!」
「そりゃ当然だもん。マスターのとっておき」
「すっごい美味しくて……。こんなん作れたら、風介喜ぶだろうな」

 ぽつりと呟いただけなのに、隣に座った相手はぴくりと耳を動かした。
 ねえ、マスター。店員は笑う。

「レシピ教えたら?」
「いや、悪いです! 気にせず! ただ良いなと思っただけだから!」
「小さい喫茶店の、簡単なタマゴサンドのレシピだよ。大した事ないって」
「いやいやいや!」

 マスターは顎に手をかけ、少し考える風にした。しかしそれはただのポーズだったようだ。やがて、ゆっくり頷き、メモ帳に何か書き始めた。

「あのさ、風介って、同じ代表メンバーの涼野風介?」
「ああ、はい」
「まだ連絡とか取り合ってるんだ、仲良いね」

 色々と話かけてくる店員は、別に馴れ馴れしいとは感じなかった。きっと、この店員だからだと思う。それで、知らない場所に居るというのに何だか懐かしい感じだ。此処、本当に東京? 東京って、こんなに温かいもんだっけ?

「えと、店員さん」
「あ、名前で呼んで。店員さん、ってなんか嫌だから」
「ああ、すみません」
「いいって。俺、五十嵐太一っての。大学生。よろしく」
「南雲晴矢。同じく大学生です」
「へえ、何処の?」

 俺が大学名を言うと、太一は目を輝かせた。自分自身に指を差して、俺の、と言葉を吐き出す。

「俺の大学の近く」
「え、近くって事は」

 去年見た大学パンフレットのアクセスマップを思い出す。駅があって、うちの大学の近くにある学校というのは……。

「東慶!?」
「そうそう。工学部4年生」
「あれ、工学部は3年じゃなかったっけ?」
「留年しましたーてへ」

 舌を出し、わざと可愛い子ぶった太一の頭をマスターが叩いた。よく叩かれるな。

「全く、バンドだなんだと現抜かしすぎとるからだ」
「俺、今の内に楽しんでおかないとさあー。ね?」

 首を傾げた太一に、マスターは溜め息を吐いた。カウンター越しに、マスターはさっきのメモを俺に渡した。タマゴサンドを作る時の最低限のポイント。このメーカーの商品を使うといい、という端の箇条書きの説明もされる。

「ありがとうございます」
「コーヒーお代わりは?」
「お願いします」

 空のカップに熱いコーヒーが再び注がれる。苦さも味も、俺好みだ。豆も売ってたりしないかな。



「このまま真っ直ぐ行けば、駅に着くから。そのまま線路沿いに行けば、帰れるよ」
「ありがとう、太一。ご馳走様でした、マスター」

 店内に呼びかけると、低い声の応答があった。自転車に乗って、ペダルを上に持ってくる。

「近くに来たら、また寄ってよ。サービスしちゃう」
「本当?」
「彼女と一緒にね」

 笑いが零れた。じゃあ、と俺は手を上げる。

「また来るよ」
「はいはーい、ありがとうございました」
 
 足を踏み入れる。ペダルと連動し、タイヤも地面の上を走り出す。快調、快調。食後の良い運動にもなる。
 緩やかな風が吹いて、籠から香ばしいコーヒー豆の匂いを届けてくれた。家に帰ったら、疲れ果てて帰ってくるだろう風介にタマゴサンドと挽き立てコーヒーを淹れてやろう。




おかえり、コーヒーできてるぞ







某眼鏡着脱AVGとのコラボ。今度は彼女(風介)を連れて、喫茶「ロイド」に行かせる予定です。
タイトルは帰ってきた風介に向けての言葉。雰囲気南涼だけですみません。

虚言症
お題「自転車パンクしちゃった」
↑をお借りしました

2010.05.30 初出

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