※「により」未来シリーズ
 拍手文の携帯・眼鏡の続き。



「1時間で食べられるかな」
「どうだろう。まあ客も入っていないから」

 まだ昼前だけど、ビルの下の噴水周りに人が沢山集まり、歩き去ったりしていた。これから待ち合わせという風なおしゃれをした女の子も観察できる。隣の席に座る風介も料理が来る間、ぼんやりと所在なさげに地面を見下ろしていた。指で水の中の氷をくるくる回す手遊びのせいで、氷は早く溶けていっている。コップの汗は、机に丸い水溜りを残す。少し早めの昼食にも拘らず、風介は腹を空かせているらしい。オムライスの中身の量も大盛りで注文していた。
 ふわりと卵の匂いが漂ってきた。ギャルソンのお兄さんの手に、オムライスが2つ。風介の目がそれを捉えた。しかし、お兄さんはすいーと通り過ぎてしまう。がたんと風介はカウンターに突っ伏した。

「焦んなよ」
「腹が減ったんだ」

 ここで初めて、水に口をつける。ぼたぼた、グラスの底から水滴が滴り落ちていく。

「腹が減ったんだ」
「あーはいはい。我慢しようなあ」

 とりあえず、水で腹をがばがばにしておけ、あんまり飲み過ぎるなよ、気持ち悪くなるぞ。擬似お母さんな感じで、風介を宥める(ランチセットなのだから、先にサラダが来るのが定番だろうに、とは言わないでおく)。

「セットメニューのサラダです。お揃いになるまで少々お待ち下さい」

 香水の匂いを強く感じたと思ったら、音を立ててサラダの小皿が目の前に置かれた。一瞬、見て取れた店員の顔はどきついメイクをしていて、高校生か大学生か判断できない。店員はすぐ下がり、キッチンの奥へと消える。そして再び、オムライスを手にして戻ってきた。後ろに、一緒に頼んだドリンクを持った、これもまた何故そうするのか理解しがたい化粧の女。
 マニュアル通りの応対で、彼女らはメニュー名のあとにプレートを置いていった。以上でお揃いですか、という生気のない声音に頷く。社交辞令として礼も言う。
 風介は卵の生地にケチャップを塗り広げていった。トマトの酸味と、ほのかな乳製品混じりの卵の香り。胃が食物を察知し、温かくなった。
 キッチンから、さっきの店員2人が騒ぐのが聞こえる。(今のイケメンやばい。メアド聞いちゃおうかな。声もかけるとか私に気があるんじゃね)(言える! 他に女居ない感じだし、彼氏にしなよ。お似合いじゃん?)
 何言ってんだか。スプーン1杯に掬い上げたオムライスを口に入れる。とろとろと舌の上で黄身が蕩ける。でも、少し味薄いかも。キッチンからの声で、それほどでもない美味しさも半減された。
 からん、とスプーンを置いて風介はアイスティーを飲み始めた。やっと料理が来たというのに不機嫌そうな顔。

「どうした」
「あまり美味しくないな」
「そうだなあ。だけど体に良いって考えれば、食えない事はないぜ」

 ピラフに入ってる缶詰マッシュルームだけは満足な味かな。
 氷がぽっこり浮かぶオレンジジュースで喉を潤す。

「わたしは、晴矢のオムライスの方が好きだ」

 だから。風介はポーションミルクを入れたアイスティーをストローでかき混ぜる。

「家に帰ったら、作って欲しい」

 思わず、スプーンを取り落とした。そして、ぎゃあ、という女の悲鳴が聞こえる。
 まったくまったくまったく! 何でそんなに嬉しい事を言ってくれるんだろう!
 アイスティーがぶちまけられる。足元に置いていた荷物や袋には辛うじてかからなかったけれど、細長いグラスは床の上で大きく割れる。
 そんな中、風介の口についたケチャップは何故か甘く感じた(あ、これハインツのケチャップだな。帰りに買っていこう)。




鼻をくすぐるオムライスの匂い






眼鏡を作ってもらっているので、その間お昼にしようという話。
南雲は料理が上手ってイメージが何故かあります。で、その料理が基準となってしまう涼野は自然とグルメに。晴矢の料理の方が美味しいと言ってくれると、やっぱり嬉しくなってついに我慢できなくなってしまったという。涼野も満更ではないようだけど、お店の人には多大な迷惑をおかけしました。

虚言症
↑お借りしました

2010.05.27 初出

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