※動じない青の番いと伝統の幻想ブン屋+α




7枚目の写真が撮れた。現像された一枚を、服の中に隠された文花帖に挟んだ。慣れたもので、それは3秒程で済む。
フィルムを巻こうと指を歯車にかけようとして、止めた。
撮影対象が弾を吐くのを止めてしまったからだ。
黒い服が夜の闇に融けている。炎の光がなくなり、バーンはよく見えなくなってしまっていた。これではまともな写真を撮れないだろう。だが、番いのキスシーン激写+『フレイムベール』を7枚も撮れたのだから、文は満足である。お腹いっぱいだ。
カメラを仕舞うと、意気消沈していたバーンは顔を上げた。不安げに揺れていた金の瞳が文を射抜く。
このカメラに撮影されると、相手は精神ダメージを受けるというのを、文は知っている。写真を撮れる上に、撮影するだけで相手を倒せるというのだから一石二鳥の素敵な箱である。7枚も撮られて、これだけで済むのだからバーンは中々強い。嘗めていました。文は唇をぺろりと舐める。

「写真を渡せよ」
「やですってば」
「絶対に盗ってやる! 大体、そんなんで新聞書けるのかよ!」
「ええ、軽く3面ほどは」

勿論冗談である。一時期幻想郷を騒がせた番いのキスシーンというのは確かにスクープでもあるのだが、ただのキス。それだけだ。精々冷やかすだけの文章を書いて1面がやっと。その後の勝手な妄想を書き立てれば3面いけるだろうが。まあ、そこまで野暮ではないので。

「私は慈悲深いので、1面だけで勘弁してあげます」
「1面でも、充分迷惑だ!」

バーンが足を踏み出す。踏み出すと言っても、空中なので間違った表現かもしれない。

「遅いですね」

動かずして、文はバーンを風で薙いだ。既に疲労していた体は容易く吹き飛ばされるも、バーンは回転しながら体勢を立て直す。

「遅いって?」
「そりゃあ私に比べたら」

文は鴉天狗で風を操れる上に、更にその力を相乗させる橙の葉団扇も所持している。その能力故に、文自身の飛行速度も凄まじいものだ。『幻想郷最速』を自称していた魔理沙の速さなど、文にとっては鈍足である。

「結構スピードには自信あるんだけどな」
「誰でも上には上が居る者です」
「それがあんたってのは、認めたくないな」
「甘く見ちゃあいけませんよお。帰ろうと思えば、私はすぐにでも帰れます。一瞬で」
「それは困る」

だから、とバーンは文に向かって指を突き出した。

「ここで撃ち落さないと」

まだやるつもりですか。カメラを怖がっていたくせに。
文は少々面倒くさく感じた。しつこいですね、しかしよくここまでさせましたね。

「では、これで蹴りをつけましょう、お互いに」

文は手に触れた札を、大きく空へ放り投げた。
取材相手にスペルカードを使うなど、初めての事である。

「――幻想風靡」

刹那、文の視界は代わる代わる入れ替わる。頬が感じる生暖かい風だとか、水の匂いだとか、全てが愛おしく……。
バーンの頭上を飛び回り、飛び去った後に涙粒のような緑の弾幕を降らせる。ランダムのそれは、バーンの上を往復していく度に数を増してやがては密度を濃くし、相手を押し潰す。
彼の目には赤い残像しか映っていないだろう。その残像を捕らえる事ができるのは、同族の天狗のみだ。
唯一、戦闘の中で文の超高速移動を見せ付けられるスペルだ。ぐっと、速度を上げる。

これが、幻想郷最速のスピードだ。さあ目に焼き付けろ。絶対に私を追い越せない事を心に打ち据えるがいい。

目の端で、バーンが体を捻っている姿が見えた。
15秒の耐久スペル。もしこれで相手が被弾しなければ、文の負けだ。

「くっそ……」

小さな呟きを、耳が汲み取った。
あと、10秒。
密度が増す。緑の雨が、湖に落ちていく。
あと、5秒。
……駄目か?
ラストスパートとして、限界までスピードを上げた。
4、……3、……2、……1、

「あ、ったあああああ!」

バーンの胸に、雨が突き刺さった。被弾した証拠に弾けた緑はきらりと光、最後の輝きを残す。更に、他の弾に撃たれてバーンの体は下へと落下していった。

「さすがの貴方にも速すぎましたか! これはおまけです!」

今のスピードを緩めず、バーンの体の脇をすり抜ける。擦れ違い様、得意の鎌鼬で彼の服だけを切り刻んだ。屈辱的な格好をさせて、文はにやりとした。
下が湖で良かったですね。
文は最後に、大きな水柱を上げて湖に落ちた下着一枚のバーンを撮ってから、妖怪の山の方へと飛び去った。


「ぷっはああああ!」

大きく揺らぐ水面に揉まれながらも、やっとバーンは水上へと顔を出した。
赤い残像が網膜から消えない。水で顔を洗い、空を見上げる。文の姿は無かった。しかも、何故か服を着ていない。絶対、彼女のせいだ。無意識に舌打ちが出た。

「バーン!」

左手からガゼルが飛んできた。来るのが遅いと、少しむっとしてしまう。

「ガゼル、タオルと服!」

遠目からバーンの状態を確認したガゼルは、慌てて応答して元来た道を戻っていった。
ぶるりと体を震わせる。結構湖の水は冷たかった。

「何やってんの? 水浴び?」
「って、お前のせいか!」

夏になるというのに、この寒さ! 原因は、自分に近づいてきた氷精にあったようだ。青いリボンとワンピースを揺らしながら、ふわふわと少女は近づいてくる。

「水浴びじゃないの? あ、あたいと一緒に蛙を氷漬けにしたいと思ってたりする? 仕方ないわねえ、折角だから一緒に遊んでやってもいいわよ」
「そんなんじゃねえよ! てか寒いからあっち行けって!」
「ひどい! ガゼルはそんな事言わないのに! そんなんだからバーンはバーンなんだわ! この効果音!」
「バカに言われたくないわ! あーもーガゼルはやくー!」



「で、結局新聞にはあの二人の事は書かれてないわよ」
「ははあん、珍しく失敗したんだろ? ぼっこぼこにやられたりしたか?」
「いやいやあ、何というか……」

文はすっと、視線を逸らした。
最新号の文々。新聞には、例の番いの事は載っていなかった。少し楽しみにしていたのに、と魔理沙は呟く。文は苦笑いをしながら、頭をかいた。

「ちょおっと検閲に引っかかりましてえ」

昨夜、マッハで記事を書き、さあ刷ろうという所で部下の邪魔が入ってしまったのだ。忠実な癖に、頑固というか、誠実というか……(人様の睦言を書き立てるなんて、人格を疑います文様)、頭が堅すぎるのもなあ。
まあそれでもいいか。
文は今日、撮った写真を二人に見せた。

「代わりといっちゃなんですが、これでも見てくださいな」

二人はそれを見た瞬間、破顔して笑い出した。
写真には、見事な氷の彫刻となったバーンが写っていた。




最速最高シャッターガール3








なんぞこれ。犬走椛のおかげで結局新聞に載らなかったのですが、逆に惨めな姿を撮られちゃったというオチです。しばらくの間笑いのネタENDでした。
射命丸のキャラが大好きなくせに、掴みにくい。上手く書けなかったなあというのが心残りです。あと射命丸のスペカでいうと、やはり「幻想風靡」が好きかな。あと「天狗道の開風」。風という事で、ガゼルにも絡んでもらいたいですね。

2010.05.17 初出

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