※赤と青の番いと伝統の幻想ブン屋 「久しぶりだな、一緒に飯食うの」 向かい側のガゼルに話しかければ、彼は魚の身を口に入れながら頷いた。 白飯に胡瓜と茄子の漬物、豆腐とわかめの味噌汁と赤い腹をした焼き鮭。完璧な和食メニュー。バーンは洋食が好みだけれど、ガゼルは和食の方がどちらかと言えば好きだ。だから、今日は和食だ。丁度、里の小父さんに漬物と鮭を貰っていたし。 笑ってやりながら、バーンは机についた両手で顔を支えながらガゼルを眺める。美味しい? と声を掛ければ、頷かれる。まるで、妻が夫に投げかける台詞のようで恥ずかしい事を言っているのに今気付いた。 「何だか、いいな」 「ああ」 笑みを交わしながら、二人はご飯に手をつける。 湖に浮かぶ島の館、紅魔館で働いた後、給与として貰ったこの小さな家。バーンはここで一人暮らしである。ガゼルは森の古道具屋に居候。その為、時々しか一緒に夜を明かす事はできない。最後にガゼルが泊まったのは、2ヶ月ほど前だ。その間、ずっと一人でこの家に何となく日々を過ごしてきたのだと思うとびっくりした。外の世界……バーンとガゼルが父の計画を遂行する為に奔放してきた場所では、何時でも何処でも一緒だったので、幻想郷に来た当初は「離れ離れ」に戸惑っていた。だが、時というのが重なって重なって、その「不自然」を「自然」へと変えてしまった。慣れでもあるのだと思うが、時が経てば全て解決するとは、不思議で恐ろしい。 「鮭、美味しい」 「何だか、甘いな」 「ああ」 冷たい顔をしたままだが、頬は柔らかく綻んでいる。ガゼルは鮭の身を箸で崩しては、ご飯に乗せて一緒に食べたりをした。 「ああ、何か、いいなこれ。平和」 「確かに、平和だな。ああ、バーン」 「ん」 ガゼルは身を乗り出して、バーンの口の端を拭った。鮭の赤い身が、ガゼルの指に付着する。 「ついてた」 「ありがとう」 まるで、カップルがする行為だ。こんな事、二人の時でないとできない。 ふふ、とガゼルは笑った。 「目も気にしなくていいしな」 ああ、平和について言っているのか。 「そうそう」 バーンも同意する。そして、人目がないから少しだけ大胆になった。指に付いた鮭を舐め取るガゼルに視線をやって、思い切って言葉を出してみた。 「ガゼル」 「ん?」 不思議そうに彼は首を傾げた。バーンは机に乗るガゼルの手に、自分の物を重ねて瞳を近づけた。 「泊まってけよ」 「いいのか」 秘めやかな声に、バーンは頷いた。 「駄目なわけないじゃん。一緒に飯も食ってるのに」 「そうだな」 すっとガゼルは目を伏せた。二人の重なった手を一瞥してから、その視線はバーンとご飯を交互に行ったり来たり、揺らめいて瞬く。 「したいのか」 はっきりとした声に、バーンはどきりとなった。したいのか。ああ、しっかりばれているのだな。 「うん」 正直に答えれば、細められた目がバーンを捕らえる。湖に映った青白い月みたいなそれが、やがて微笑む。 「仕方ないな」 バーンはどうしようもなくガゼルが愛おしくなった。立ち上がって、ガゼルの項を抱く。バーンが何をしたいか、彼は分かったらしい。黙って目を瞑った。ぐっと顔を近づける。がたん、と窓が風で揺れる。大きな音が立てられたのだが、気にせず項から生える髪を撫でながらバーンはガゼルの唇に触れた。 音のなくなった空間に、シャッター音が響いた。 何だ? カメラなど、家にはない筈なのに。カメラ……、カメラマン、パパラッチ……、取材……。はっとした。カメラと言えば、彼女が持っていたではないか! ガゼルの肩を突き放して、風が叩いた窓に振り向いた。あっと声を出す前に、窓にカメラを張り付かせた彼女がにやりと笑う。 「あややや、やっぱりしっぽりですねえ」 窓越しのくぐもった声で文は言った。何と面白い物を見たのだろう。そんな顔(ああ、嫌な顔だ)。 「それでは、次の新聞をお楽しみに!」 風と共に、彼女は窓から飛び退いて空へ飛び立った。 次の新聞……。前、天狗は新聞を発行しているというのを聞いた。文もそうで、その取材対象となった霊夢や魔理沙はそれを少し(霊夢はとっても)鬱陶しがっていった。裏の取れないものは記事にしないのであるが、自分で得た証拠さえあればある事ない事勝手に書き立てるという。つまり、先程取られた写真をネタにガセを書かれてしまう。いくら外の世界の常識が通じない幻想郷だからといって、他人に自分たちの睦言を曝されてしまうのは目の前が真っ黒になる衝撃を受けた。 バーンはそのまま家から飛び出して、文が去ったと思われる方へ身を浮かせた。湖の向こうには山がある。天狗や河童が住む、妖怪の山だ。天狗である文はそのまま山に向かった筈だ。 体を水平にして、速度を上げる。すると、程なくしてゆったりと風に身を任せて空を泳ぐ文の姿が見えた。カメラを片手に現像された写真を手帖に挟むのが分かる。 バーンは炎を巻き起こし、その弾を文に向かって放った。ひゅうっと風が鳴り、文は避ける為、体をそのまま落下させる。 「やっぱり来ましたね」 「当たり前だ。さっきの写真、出せよ」 「やです。折角のスクープを差し出すわけないでしょう」 文は手帖を懐に戻して、手にカメラを構えた。 「でもこうして自ら取材対象として来て頂けたわけですし、お相手は致しますよ」 「ふざけるな」 赤い弾幕を張り、それを文目掛けて飛ばす。降り注ぐ雨に、文は簡単に避けた。出来るだけ、限界まで弾を作って散らしていると文の姿が消える。被弾して落ちたのだろうか。だが簡単にやられるわけがない。あんなにしぶといの……、 「にっ!?」 ぬっと、自分の目の前に彼女の顔が現れた。にっこりと笑って、文はバーンの腹を下駄の一本歯で蹴り飛ばす。胃の中に食べ物を入れてすぐだったので、気管に酸っぱいものが込み上げてくる。 「好戦的な方は大好きなのですが、そういう風に怒りに捕らわれたままの弾幕は、私は大嫌いです」 何より、美しくない。文は残念そうに溜め息を吐く。 「怒るのは当たり前だよ、くそ」 「でも真面目にやってくださいね」 さあ。文はカメラ越しにバーンを覗く。ファインダー越しに、彼女は何を幻視しているのだろうか。 バーンの怒る姿? 無様な姿? 悲しむ姿? それとも美しい弾幕? ズボンのポケットを漁り、硬い一枚のカードを取り出す。赤いそれを掲げて、高らかにスペルカードを宣言。 「焔符『フレイムベール』!」 サッカーの必殺技であるものを、弾幕で表したものだ。それはかつての姿を残しながらも美しさを交えて、炎を舞い上がらせる。 四方に中玉が放たれ、それが爆発し、またその一歩前に新たな中玉が弾かれ大きな爆発を起こす。噴き上げる火山のように弾を放ち、溶岩が岩の間を這い進むように発生した弾が前へ押し出されていく。炎の細波は煌々と燃えながら、文に覆い被さった。文の目が、一段と輝く。 「おおっと! これが噂の紅蓮の炎! お手並み拝見です!」 爆発が増えるほど、密度も濃くなっていく。膨らんでいく光の間を悠々と泳ぐ文は、弾避けを楽しんでいるように見えた。爆音が鳴り響く度、彼女は嬉しそうな顔をしながら、カメラを構える。 シャッター音。 すると、文の周りに散らばっていた弾は、そこだけ切り取られたかのように消えてしまった。 カメラから吐き出された現像品を文は瞬時に抜き取り、懐へ突っ込んだ。そして、カメラのフィルムを巻き始める。 写真を撮られただけだ。たったそれだけの事だ。それだけの事なのに、何故かバーンは恐怖を感じた。心臓を冷たい手で握りこまれてしまう感覚に襲われる。 文が、再びカメラを構える。それを遠ざけるように、バーンは炎を吐いた。 噴き出された炎の弾が、切り取られる。 背筋が凍った。原因は分からない。分からないが、カメラが恐ろしい。 バーンは、焚かれたカメラのフラッシュに目を閉じた。 最速最高シャッターガール2 精神ダメージを与えるカメラ。どういうことなの…。 本当は2で終わる筈でしたが、精神ダメージ描写入れたら終わらなかった。 うえwwなんで少し暗くなったww イメージは東方楼蘭の変態天狗、ぽくしたかったのに。 2010.05.03 初出 ←back |