※赤と青の番いと楽園の素敵な巫女と普通の魔法使い



自分たちは夢の中に居るのではないか。
だが痛覚はあるので、夢の中に居ない事が分かる。
ならば狂ってしまったのだろうか。そう考えた。

ガゼルは傷ついた体の汚れを拭い取り、空を見上げた。七晩目の夜空に浮かぶのは、丸みを帯びていく月の珠。その美しさと何処からか湧く虚しさに、涙が出そうになった。だが彼の前で泣く事は許されない。彼だって、頑張っている。自分も無理をしなければ。
月光に照らされた道を歩きながら、バーンに手を引かれて今度は東に向かう事にした。
五日目に森から抜けた場所には、湖と大きな館。力のある者が持つ事を許されるであろう、その屋敷を手に入れれば早々にネオ・ジェネシス計画(仮)の五割は達成したのかもしれない。だが、自分たちの他に研究所の人間は居ないようだから、もうジェネシスに意味があるように思えない。それでも固執する辺り、自分たちは子供なのだろう。目的のない物に「計画」とつけても「計画」とは言えない。やっとガゼルの脳は冷静に働くようになってきたようだ。それでも、バーンの言葉に相槌を打ってしまうのは、何故だろう。

「ガゼル、平気か」
「平気だ。わたしはそんなに柔ではない」
「そうだなー、俺より体力あるもんな」

繋がれた手は温かくなっていく。
ガゼルはこの場所で目覚めてから、体温がいつもより低くなったのを感じた。不思議な事に、バーンの体温もいつもより高い気がする。バーン、と名前を呼ぶと相手は振り返ってくれた。

「まるで、昔のようだな」
「ああ、手繋いでるからな。いつもお前はふらふらいっちゃうし、危なっかしかったし」
「そうか? お前こそ、わたしがストッパーになっていないと何処かへ勝手に走っていってしまったぞ」
「なら、お互いを思いやってたって事だな」

心なしか、バーンの態度も柔らかくなった。ジェネシス計画時のバーンは、本当に嫌な奴だったと思う。それがどうだ。昔の、晴矢みたいではないか……。
もう晴矢とは呼んでもいいだろうか。そろそろ本当の名前を忘れてしまいそうだ。

「はる……」
「見つけたわ!」

名前を呼ぼうとした刹那、凛とした女の声が聞こえた。
二人で声の方を向く。
月を背に、二人の少女が――空中に浮いている。
え、と思った時、片方が何かを放ってきた。
ガゼルは手を引かれ、そのまま走るように言われる。バーンは逃げた方がいいと呟いた。

「今までの奴とは何か違う」
「ああ」

それには同意する。目が合った時に、寒気を感じた。恐怖。恐ろしさを感じたのだ。

「幻想郷最速から逃げられると思ってるのか」

走る方向に、影が現れた。
おかしな事に先程の、少女の片割れではないか。自慢であるスピードを最大限に走っていたのに、瞬間移動のように立ち塞がられている。

「悪い子には、星に代わってお仕置きだぜ!」

少女が叫ぶと、何かを構えた。
首筋に悪寒が走る。今度はガゼルがバーンの手を引っ張って、左に避けさせた。

「マスタースパーク!」

少女の手に光が集まり、そして放射される。
極太の光はびりびりと視界を揺らがした。ただの光ではない、例えるならレーザーやビームといった所だ。光はすぐには止まず、何秒も続く。その間バーンの体を庇いながら、ガゼルは目を瞑った。眩しさに耐えられない。目を開けたとしても、その閃光が網膜に焼き付いて視界が暫く見えずにいる。頭を振って冷静になり、走り出そうと体を持ち上げた。逃げなくては。無様な格好であるが、そうしなくてはならないと思う。バーンの手を握り直して、道から反れて木々の中に入っていく。湿度の高く、緑の香りが充満するそこを走り抜けても逃げられる保障は無いと感じた。それでも逃げなくては。
息が苦しいが、走らなくてはならない。
足が悲鳴を上げても、走らなくてはならない。
木々を抜けた。
一度足を止める。
少女は居ない。

「ガゼル、無理すんなって……」
「逃げなくては」
「そうだけど……、何だかあいつら俺たちを探していたみたいだった」
「殺すため?」
「違うかも」

バーンは乱れた息を整えて、その場に膝をついた。ガゼルも震え始めた足をさする。

「指名手配されてるとか」
「そんな馬鹿な」
「ありえるだろ? 大人しくお縄につく?」
「……御免だと、言ってもいいか」
「うん、言うと思った」

バーンがボールを地面に落とした瞬間、光る物体が飛んでくる。足元を狙ってきたそれを、簡単に避けて空を見上げる。紅白のおめでたい色をした、自分たちより少し年上の少女だと改めて確認した。ガゼルもボールを用意して、何時でも蹴り上げられるようにする。

「聞いたとおり、逃げ足だけは速いわね」
「そりゃあどうも」

少女はスカートに風を孕みながら、ゆっくりと降り立った。手に持った白い紙のついた棒を突きつけてくる。その棒は神社とかで見た事があるし、少女の配色は紅白と巫女そっくりだ。

「貴方たちを懲らしめるってわけじゃあないのよ。でもね、騒ぎを起こしたのだけはいけなかったわね」
「これも自分たちの為だからな」
「それだけの為に、私たちは振り回されなくちゃいけないのかしら。私はそれほどじゃないけど、皆迷惑してるのよ。喧嘩売るのは、外の世界でだけにして頂戴」

ぴっ、と指に紙を挟み、構えられる。長方形のそれはただの紙ではないと感じた。
動かなければ、あっちも動かない。
だが、それをあえて破るのが自分たちであった。ガゼルは冷気をまとった足でボールにキックを食らわせる。大砲のように弾き出されたそれは一直線に、彼女へ向かう。
少女はそれを見ても、特に動きはしなかった。ただ手を突き出して小さく何かを呟く。すると、彼女の目の前に白い半透明な壁が生まれて、ボールを弾き返した。足元まで跳ね返ってきた球を受け取り、再び蹴り出す。今度は棒で払われて、返ってくる事はない。

「いい? 一直線の弾ではすぐに避けられてしまうわ。それにこれは人を傷つける為に使う道具ではないと、私は解釈しているのだけど」
「俺も知ってる」
「それを承知してやっているなら、別にいいわ。一回は一回よ」

すっと、空気が変わる。背筋を凍らせるような何かが、彼女の周りに集まる気がした。

「霊符『夢想封印』!」

一際高い声が森に響いた。彼女の手にある紙が光を帯び、辺りに淡い色をした発光体を浮かび上がらせる。その発光体は意識を持ったように二人を追って飛んできた。飛び上がって回避を試みてみるものの、角度を変えてしつこく追ってくる。一番高い所まで届き、そこから重力で落ちるはずが何故かその高度を保ったまま浮かび上がった。慣れぬ感覚に戸惑っていると、発光体が体を囲み強い光を放ち――。
腕で体を守ろうとする中、熱い腕が自分の体を包むのを感じた。彼の名前を呼ぶ前に、その光は破裂音と共に弾けた。



「何だよ、結局お前一人だけでやっちまったのかよ」
「あんたが遅いからよ。で、話を聞かせてもらおうかしら」

腰に手を当てた紅白と腕を組む黒白を睨みつけ、ガゼルは気絶したバーンを庇った。
あーあー、と黒白がガゼルを見て首を傾げる。

「嫌われちまったみたいだ」
「それでも何とかしなくちゃ。ねえ、貴方」
「……何だ」

目線を合わせてくる少女に威嚇をしながら、声を絞り出す。ガゼルはバーンの体を強く抱き締めた。

「貴方をお家に帰してあげるわ」






4.少女綺想曲









断罪!されました。実に容赦ない。特に魔理沙。人間相手にマスパはあかん。でもマスパかっこいい。
できればもっとかっこいい表現をしたかったです。うー難しい。
一番最後に意図せずにふわっと浮いてしまったのは、力んでしまったりとか、もっと高く跳べば、と考えたからかな? 次でラスト。

2010.04.05 初出

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