「面白いものだろう」

ガゼルのふわふわする髪の間から、これまたふわふわした何かが突き出している。三角形のそれは乗せているのか、着けているのか。後ろでぶらぶら動く細長いのも気になった。
わっとその場の空気がざわつく。俺の隣にいるレアンもバーラもわなわなと震え口を手で覆っていた。
どうだ、とガゼルはその実験結果を見せびらかしながら問う。
皆がさすがです、ガゼル様! と叫んだ時には重傷だと思った。


動物になりたい、と誰かが言ったのがきっかけだった。軽い思いつきで言ったであろうそいつの言葉にガゼルはなりたければなればいい、と返したそうだ。そんなのは無理だ。当然そいつはそう反応した。しかしガゼルは首を振りつつ、此処を何処だと思っている、と怪しい匂いを漂わす台詞を吐いて立ち去った。
そしてそれから十日。
再びプロミネンスとダイヤモンドダストの合同練習の日、それは起こった。
猫の耳と尻尾を生やしたガゼルの登場により、午後の練習は一旦中止。ベンチ周りに集まった二十人がガゼルの耳や尻尾に視線をやる。どうだと言わんばかりに腕と足を組み、尻尾をふらふらさせながらガゼルは自分を見つめてくる面々を鼻で笑う。

「吉良財閥の研究チームは優秀な研究員が集まっている。人間の体に動物の体の一部を生やす事など容易いさ」
「それにしてもすごい。触ってもいいですか!」
「乱暴にするなよ」

ガゼルはあらかじめ釘を刺しておきながら、頭を差し出した。ぴくぴく脈動する耳に、身悶えつつもそっと手を伸ばして頭に生える耳に触れた。わあ、と柔らかさにドロルが声を上げる。

「すごい、耳もあったかい」
「耳にもちゃんと血管が通っているんですね」

アイキューやサトスといった自称頭脳派の面子は猫耳を光に透かして赤い血管を見て、猫のものと変わらないのか観察をし始める。可愛いものがすきな面子は尻尾を手に取り、先端が動く様を面白がった。わいわい自分を取り囲む声にガゼルは満更でもないらしい。俺はそのハーレム状態に入り込めず遠目で眺めるだけ。

「バーン様! 私ガゼル様が欲しいです!」

可愛いもの好き筆頭のバーラがそんな事を叫ぶ。あんぐりと口を開けて驚いてしまった俺に、ガゼルはならばダイヤモンドダストにくればいいとプロミネンスメンバーを勧誘し始める。
おい、猫耳が生えたといってもそいつはガゼルなんだわかってるのか。あの冷酷無比なガゼルだぞ。

「きゃあ、喉も鳴るんですねえ!」
「喉の下気持ち良いですか?」
「悪くない」

ごろごろ。

「俺、ダイヤモンドダスト行っちゃおうかな」
「こらあ、早まるなあ!」
「冗談ですよう」
「あーにゃんこ可愛い!!」

ごろごろ。



まさに混沌とした一日(事件は午後からだったから、半日?)を終え、俺は自分の部屋に戻ってきたわけだが。ガゼルと一緒に。まあ別に問題ないだろう。そういう関係な俺らなわけだし。

「あー飯まだだったな」
「わたしは鯵の開きがいい」
「あるかねえ。てか、それだけ?」

焼き魚一匹だけでお腹は満たされるのだろうか。いつも俺と同じくらい食べるガゼルだ。普通なら足りないと騒ぎ出す量。

「構わない」
「猫そのものだな」

その猫を食堂に連れていくとまたうるさくなるだろうから、食堂から飯を持ってこよう。鯵の開きがあるかどうかは分からないけれど。

「飯持ってくるから」
「うん」
「じっとしてろよ」
「わたしは利口だからな」

きちんとベッドの上に座ったガゼルを確認して、俺はまた部屋の外に出た。きゅう、とお腹が鳴る。食堂からあまり遠くないけど、空腹感に走り出す。途中でグレントとボニトナとすれ違って声をかけられたけど簡単に生返事しただけだった。
食堂にはまだ栄養士の人が居て、鯵の開きがあるかと聞くとにこぉっと笑う。

「とっても美味しい鯵の開きが、昨日届いたんですよ。脂も乗ってって、つい美味しくてお腹一杯になっちゃったくらい」
「えとじゃあ、鯵の開きとご飯。それとハンバーグ定食あれば」
「結構量多目ですねえ」
「ガゼルの奴に持っていかなくちゃいけねえんだ。ハンバーグは俺の」
「承知しました。少々お待ちくださいね」

栄養士の人は奥に引っ込んで、調理をし始めた。前々から俺たちの世話をしてくれた人だから個人の好みも把握している。今回頼んだハンバーグ定食も、昔からの俺のお気に入り。きっと上にデミソースをかけてくれるだろう。
そわそわと時計を見て待つ事、十五分。その間ずっと部屋で待ってるガゼルの事が心配になってきた。まあ利口にしててくれると言っていたし、疑うわけじゃないけれども今のガゼルは猫である。猫というのは落ち着きのない動物だ。動物は色々な物に興味を示す。猫になったガゼルも今頃、何か物を倒して部屋をぐちゃぐちゃに……。考えてみると、そんな事ありえないと思うと同時に怖くなった。あいつならやりかねないかも。

「はい、お待たせね」
「ありがとう。って、あれ? ハンバーグ……」

差し出されたトレーにはご飯と鯵の開き、大きな丼があるだけだ。ハンバーグ定食はご飯にスープとハンバーグとサラダが……。

「持っていくっていうから、重いのも悪いなあと思って。いつもの定食じゃなくてロコモコ丼にしたんだけど、駄目だった?」
「ロコモコ?」
「ハンバーグ丼、みたいな」
「ああ、なるほど」

よく見れば丼の中には目玉焼きの乗せハンバーグがあった。勿論、デミソースをたっぷりかけて。
鼻に入り込んでくる、美味しい匂いに腹が鳴る。それが予想外に大きい音を出したので、恥ずかしくなった。

「ありがとう」
「ええ、食器は明日でも良いですからねー」

トレーの上の食器がつるつると滑るので、水平を保ちながら部屋に急いだ。足を踏み出す度に、ガゼルの顔が思い浮かぶ。お腹が減った、と待つ子猫をテレビで見た事がある。そんな感じで待っててくれるだろうか。そうだとしたら可愛いのに。

「ガゼルさーん、ご飯ですよー」

扉を肘で開けて部屋の中を覗くと、先程居た場所にちゃんとガゼルは座っていた。耳がぴんとなり、鼻をくんくんさせる。

「魚」
「うん、あったから。ほら、食おうぜ」

ガゼルの傍に鯵とご飯を置く。目を輝かせながら、それらと俺を交互にちらちら見てくる。

「食べていいよ」
「いただきます」

瞬時に箸を取って、魚を解し始めた。一口ずつ、白身を食べては耳がぴくぴくする。美味しいんだな。良かった。
俺も手を合わせて、スプーンで卵の黄身を割った。とろりと溢れ出す限りなく橙に近い黄色。ハンバーグとご飯によく絡めて、口に入れる。

「おいしいー」

俺も猫だったら、耳がぴくぴくしていたと思う。やっぱりハンバーグ美味しい。

「バーン、わたしも」
「ん、欲しい?」
「肉」

猫は雑食だもんな。
ガゼルは口を開けて、俺に向けた。ハンバーグを一掬いして、食べさせてやると幸せそうな顔をする。とろーんと、卵の黄身みたいな感じだ。

「おいしい」
「んー、おいしいなー」

もぐもぐ。もぐもぐ。
二人で笑みを浮かべながらご飯を平らげて、ベッドに横たわった。
腹ごしらえもして、あとは着替えて寝るだけ。練習後にシャワーも浴びたし。

「ん、何だよ」

体を伸ばしている途中で、腕の下辺りにガゼルが頭を摺り寄せた。ふわふわした髪とぴんとした耳の感触が、服越しに伝わる。猫らしい行動だ。ぐりぐりと腕に頭、胴体に背中と、猫でいえば自分の匂いをつけるという行為をされてから、ガゼルは丸くなって落ち着いた。

「寝る」
「寝るのはいいけど。どうしたんだよ」
「別に」

甘えてくるなんて珍しい。ガゼルの背中を撫でてやると、やがて腹を見せるように寝返りを打たれた。

「腹も?」
「ん」
「よーしよし」

腹を優しくさすれば、ごろごろと不思議な音が喉から聞こえてくる。嬉しいのか、そうかそうか。うらーと、わしわしを繰り返せば、飽きたのか腹を下にされてしまった。

「何がしたいんだ」
「何も」
「ふーん」

長い尻尾を振りながら、更に体を寄せてくる。押し付けられてくる体温に、圧迫感を感じながらもガゼルがそっと呟くのを聞いた。

「猫ならば、君と居るための口実は要らないんだ」









輩は猫になりました。











本当は猫の日に更新したかったのです。
猫は気紛れなので、こんな事をしてくれるのが多い。一番のデレ期は1歳になるまで。最近は、簡単にごろごろなんか言わんぞ。という態度です。くそう。
猫になった事でのメリットは、高い所に登れる・バランス力アップ・スピードアップ・デレ度アップという所です。
でも結局、微妙なオチになってがっかり。

2010.04.02 初出

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