※普通の中学生してたらの南涼





「では、ちゃんと来週に提出してくださいね」

ふくよかなおばちゃん先生がその場の全員へ告げた。
手に握られるのは配られたばかりの宿題プリント。次のジャンルから音楽を選んで聴いて、感じた事を書いてくれというものだった。選択肢の中にあるジャズを見て、父さんがCDを持っていたなと記憶を掘り返す。黒い色を基調としたアルバムジャケットだった。それにしようと先にシャーペンでジャズに丸をつけた。
と、隣に座る涼野が唇に手をやってじっとプリントを眺めているのに気付く。いつも潔く何でもスパッと決める涼野だからそれは珍しい光景だった。少し視線を泳がせてから、涼野に体を寄せてみる。

「どうした?」
「ひっ、脅かすな馬鹿」

一瞬驚いた時の声が可愛かった。
じゃなくて、俺は涼野にもう少し寄ってみる。

「そんなにプリント見て、何かあった?」
「ああ、家にCDがなくて」

話によると今回外されたクラシックのCDしか、涼野は持っていないらしい。家にはそれ以外一切ないからどうしようという事だ。
パソコンで聴くかな、と肘をつく涼野の首筋に目がいった。窓からの光を受ける白いそこはとても眩しかった。くらくらと目眩を起こしながら、俺は深呼吸をする。
涼野、と限りなくひめやかな声音で呼んだにも関わらず、相手はちゃんと気付いて返事をしてくれた。
あのさ、と声が上ずるのを感じる。切れ長の瞳が俺を映す。どきどき、耳が熱くなっていく。

「家にジャズのCDがあるから、一緒に聴こうぜ」

大丈夫。ごく普通に、ごく自然に切り出せた。涼野は小さく首を倒して、顔を肘で支える。
さわさわと外の木々の音。

「いいな、それ」

優しげな瞳と三日月を浮かべる唇に、鼓動が高まる。

「君にもそういう風に役立つ時があるのだな。見直した」
「何だよそれ」
「思った事を言ったまで」

涼野は声に出して笑った。
ああ、ああ……夢なのかもしれない。
そう、心がどこかへ飛んでいく。

「今日空いてる?」
「あ、空いてる!」
「帰りに寄ってってもいい?」
「勿論!」
「何だ、嬉しそうだな」

お前が家に来るからなんて言えない。口が裂けても……、でも口が裂けたら話せないんじゃないか?
目の前が白い靄に包まれる中、涼野はプリントに自分の名前を書いてジャズに丸をつけた。とても繊細な線の丸だった。



今日は部活が休みだった。何でも陸上部と野球部の大会が近いらしく、その為にグラウンドを全面使用するらしい。かなり広いグラウンドがオレンジと黒白のユニフォームで埋め尽くされている。マンモス校と呼ばれるくらいだから、生徒数が半端なくて一番人気の野球部となると部員数は何人になるのだろう。すごいなー、と言葉を交わしながら正門へ向かう生徒たちに紛れて進む。
暑くなってきた太陽を浴びながら、涼野はシャツのボタンを外した。涼野は暑がりらしい。夏が来るのが恐ろしいとさえ言った。

「でも夏休みあるじゃん」
「夏休みと関係なく部活はある。暑い中動くとなると地獄だ」

やっぱり冬が一番良いと、涼野はシャツをぱたぱたさせる。でも寒がりの俺にとっては冬は憎たらしい季節だった。この点で涼野とは相容れない箇所があるという事実がとても残念に思えた。
しばらくしょうもない話をしていれば、すぐ俺の家に着いた。歩いて15分の道のりは俺にとったら5分程度にしか感じなかった。家に入ると靴箱の上にお出かけしてきます、の母さんの置き手紙があった。今日は友達と出掛けるというのを前もって聞いていたから自然と納得する。
涼野にあがってと促して、自分は先に冷蔵庫まで駆けて中を覗いた。ジュースという気の利いたものは入ってない。あるのはきんきんに冷えた麦茶だけ。まあ麦茶ならいいかな。仕方なしにポッドとグラスをお盆に乗せて、ポテトチップスを隙間に置く。リビングから顔をひょっこり出してきた涼野を見て、改めて緊張する。持つお盆が震えた。

「えと、ここにする? 俺の部屋に行く?」

俺の部屋って所で少し興奮してしまった。何を言っているんだと自分を叱りつけたけど、よく考えれば友達として普通な事を言ったのだ。そう自然な言葉なのだ。

「南雲の部屋に、するか?」

ひっそり涼野がそう聞いた。ぎこちなく頷いて、階段をあがってと指示した。俺は涼野の後ろについて階段をのぼる。涼野は爪先だけで踏み込んで段をあがっていく。足音もなく静かな上り方だ。15段のぼりきって、左から2番目のドアを開けてもらう。
つい最近掃除したばかりだったから、部屋は綺麗に片付いている。白いローテーブルにお盆を乗っけて、ベッドの上に並んで座った。二人分の体重にベッドが呻く。顔が熱くなった。やましい事を考えてしまった事が後ろめたい。鞄からプリントを出した涼野が俺を見た。そうだ、CDを聴きにきたのだった。

「ちょと待って」

急いでリビングに戻って、コンポの横に積み上げられたCDの中から、「ジャズベスト選」を拝借して、階段を一個飛ばしにして部屋に舞い戻った。
涼野は俺が居ない間、少し居心地悪そうに感じたのか申し訳なさそうにベッドに座っていた。可愛いと思うと同時にまた変な想像をした。本人が目の前にいるのにごめんなさい。
俺はCDを取り出して、古いコンポにCDをセットした。CDを飲み込んで、きゅい、と読み込む音。再生ボタンを押す。
流れるサックスの音に、ムードががらりと変わる。大人の雰囲気。セクシーと表現もできるそれに、判断が揺らぐ。風介、と掠れた声で涼野に振り返る。そして、はっとする。涼野も少し驚いた顔をして俺を見ている。
言い訳を言う前に、涼野が晴矢、と呟く。どきりとした。顔が赤くなる。

「タイトル見せろ」
「あ、ああ」

緊張して汗ばむ手で涼野に向かってCDを渡す。相手の手も少し震えていた。
涼野は青い細身のシャーペンで流れるように英語のタイトルを書き込んだ。実際に筆記体で書かれている。なんてタイトル、と聞くと流暢にCity on the moonと答えた。
へえ、と俺も机に寄り、鞄からプリントを出して書いた。

「なんて書く?」
「聞いてばかりだな、君は」

呆れたような顔で笑い、青のペンが踊る。どんどん書き進めていく涼野に対して、俺は悩んで書けないでいる。こういうのはどうやって書けばいいのかよく分からないから、涼野が羨ましい。とりあえず、「涼野(……)風介くんと聞きました。雰囲気が良い曲。」と記した。
向かいで涼野がシャツをぱたぱたさせた。隅に追いやられた麦茶に伸ばして入れようかと伺えば、いい、と慌てて俺の手と自分の手を重ねた。
あ、と思った瞬間二人で顔を見合わせる。多分どっちも顔を赤くしている。だってこんなにも頬が熱い。
余計に熱くなったせいでコップに注がれた麦茶は縁すれすれだった。飲みにくいな、と言葉を交わす。
何をやっているんだろう、俺たちは。









夏により近い麗春










もしエイリアとか関係なしで、超次元サッカーをしている南涼。
不完全燃焼だけど、後悔はしていない。
中学校からの付き合いなので、まだ苗字で呼んでるけどうっかり名前で呼んじゃったら。最初は赤面ぼっふん、だけど友達だもんな、と一人納得。でもドキドキ。ちょっとした時に名前呼びが出て、またまたぼっふん。中学生ぽく初々しく。学校では苗字だけど、見えない所で名前呼びしてたらいいな。
「City on the moon」は好きなSWING HOLICから。ジャズとユーロビートが俺の活力!

2010.02.18 初出

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