空はとんと闇に落ちていた。
藍が昼飯だけでなく、夕飯も二人に振舞ってくれた。
気持ちの落ち着いた二人に、幻想郷の賢者は様々な事を語る。話題の一つに、最近起こった長引いた冬の事が上げられた(彼女はその事を『春雪異変』と言った)。その異変は彼女の友人が引き起こしたものらしかった。異変解決をしたのは、紅白巫女と黒白魔女と紅魔館のメイドの三人であると聞かされてバーンは納得した。二週間前、メイドが春を迎えに行くと言っていたのはこれを意味していたのだ。

「それで緩んだ結界を張り直せと頼まれてね。自分で客を招き寄せるような事をやったのに」

酒の入った紫は先程よりも上機嫌である。お猪口に注いでいく酒はもう何杯目であるだろうか。それは机に転がる徳利たちが物語る。そして、彼女の頬は仄かに染まっていた。妖怪もどうやら酔っ払うようだ。

「さ、貴方たちも飲みなさい」
「未成年は駄目なんで」
「幻想郷にそんなものは通用しない。それに飲めないとここではやっていけないわよ。交友関係が広がれば、自然と宴会に招かれるからね」

持たされたお猪口に透明の液体を注がれる。むっとした発酵した酒の匂いがする。

「あ、あのさ」
「なあに」

酔っ払いの気を反らす為、バーンは質問を繰り出した。
心地良い酔いに身を委ねる紫は、おっとりと返事をする。

「待ち合わせた場所さ、嫌な空気がしたけど……あそこどこだったわけ?」
「飲んだら教えてあげる」

全くこの酔っ払いは!
バーンがつるりとした陶器に注がれた酒を見た。大人は何故、こんなものを好くのだろうか。飲むか飲もうかと躊躇っていると、横からガゼルが腕を伸ばしお猪口を奪って中身を飲んだ。

「これでいいだろう」
「おいしい? やだ、怒らないでよ。教えてあげるから。あそこはね、これが居るのよ」

紫は体の前に両手を出して、手の甲をぶらりとさせた。拳を握ったのなら猫や狐を意味するのであるが、そうではないらしい。白く細い指がだらりと、下を向いたそれは……。

「えーと、つまり」
「冥界。あの世の事よ」
「だからあんなに静かだったのか」

ガゼルは二杯目の酒を自ら注ぐ。周りに放置されていた徳利を藍が回収していき、新たに温めた酒を卓袱台に置いた。その熱燗に手をかけて、紫はそのまま口をつける。

「普通は人間が来ると霊たちは騒がしくなるけど、貴方たちは人間として認識されなかったのよ。という事で、貴方たちは浄土の者としてこれから扱われるべきね!」
「もう俺たち死んでるみたいな言い方やめろよ!」
「体温もあるし、実体化しているから幽霊ではなく、亡霊もどきね」
「あーもー!」
「いいじゃないか。人間ではないのだろう。宇宙人に一歩近づいたぞ」
「明らかに空に行ってない! 土の下に向かってるぞ!」
「じゃあ地底人ね」
「ああもうこの酔っ払い!」



妖怪が本格的に活動し始める時刻まで宴は続いた。騒がしくなった八雲家の宴は、紫が眠いと言った事で幕を閉じた。
客人であるバーンとガゼルを泊める気もないので、と彼女の境界を操る能力で二人は家の前まで送られた。紫の家に来る時にも用いられたこの穴は、彼女曰く「スキマ」らしい。このスキマは便利で、空間と空間の間を自由に行き来する事ができるらしい。つまり瞬間移動が可能なのだ。ならば巫女や魔女を呼び出さなくてもその能力を使えば良かったのに。酔い潰れたガゼルを背負い、スキマの向こうに居る紫に聞く。欠伸を一つし、彼女は空間の通路を閉じていった。

「貴方たちが人間かそれ以外かを判断するために、冥界の地を飛ばしたのよ。じゃあね、良い夢を」

灯りが消え失せる。街頭のない家の周りはとても暗かった。遠くから鳥の声がする。バーンはガゼルを持ち上げ直し、自分の家へ振り返った。
誰も居ない部屋の中は静かに冷え切り、家主を迎えた。
寝台へガゼルを下ろして一息つく。長いと思った一日は案外早く終わった。シーツの上に投げ出されたガゼルが気だるげに呻いた。

「知ってる? ここ俺ん家だぜ。帰んなくていいのか」
「帰らないかもって、言っておいた」

ぐっと伸び上がるガゼルの横にバーンも倒れこんだ。スプリングの反動で跳ねる体に面白げに、凍てつく闇は笑った。

「ふふ、今夜は一緒だな」
「そうだな」

ガゼルの冷たい腕が腰に回った。普段はこんな事をしない。酔っ払っておかしくなっているのだ。

「ずっと一緒だ、バーン」
「ここから逃げられないもんな」
「逃げられなくてもいい」

ぐっと、ベッドが沈み込んだ。腕をついてガゼルが起き上がり、バーンに覆いかぶさってくる。騒がしいのと一転して静か過ぎるせいで麻痺した脳は、どうとも感じない。

「ずっと一緒なんだ、バーン。あの一番熱く滾った記憶と一緒に、ここで生きていけるんだ。素敵だと思わないか?」
「そうかな」
「バーンは、わたしと一緒にネオ・ジェネシス計画を考えたの、楽しくなかった?」
「そういうんじゃないけど」

胸の辺りに、ガゼルが沈み込んでくる。バーンは重いと感じながらも、ガゼルの背中に腕を回した。

「いいじゃないか。一緒に居られるんだ」
「まあ喜ばしい事なんじゃないでしょうか」
「ああ、終わり良ければ全て良し、だ」

ガゼルはバーンを抱きしめてから、何も言わなくなった。
どうやら眠ったようだ。
バーンは溜め息をついて、ガゼルと共に布団を被った。

「まだまだ終わってないだろうが」

この幻想郷でもしかしたら「一生」なんて言葉が通じない程、長い時――「永遠」の時を過ごすのかもしれない。そうしたら終わりなんてないのだ。
それでも、まあ宜しいかとバーンは感じた。炎と氷が番いでいれば。なんでも、二人は夫婦だと言うのだから。









5.番いのある一日の記憶。











終わった! 長々と付き合ってくださった方、居るのかな…? ありがとうございます!
今回の幻想入りはイナイレ2期終わりに「もうこれでイナイレ放送終了してまうんやろか」→「そうしたらバンガゼの事忘れて次の番組やらCPやらに乗ってしまうんだろうな」という自分への戒めです。つまりは、外の世界のバンガゼうんぬんではなくて私が覚えておきたいだけなんだ…。
最後に「永遠に生き続ける事もできそう」という話がありましたが、もうこれは蓬莱人並みじゃないかと、少し頭抱えた。

2010.01.30 初出







おまけーね!


「藍さんにお礼をしなくてはと思うのだが」
「ああ、ご飯ご馳走になったからな」
「それだけでなく、今後ともよろしくお願いしますって言いたい……。何が良いと思う?」
「藍さんって、狐……だよな」
「狐だ」
「油揚げなんて、渡したら怒られるかな?」
「……狐だから、まあ」
「狐だからな」
「巫女と魔女にはどうする?」
「霊夢と魔理沙は……。あ、霊夢の方はお金でどうだ。この前、来るなら賽銭でも入れろとか言ってたし」
「魔女は、キノコが好きだと言ってたな。キノコにしよう」
「咲夜さんは?」
「メイド? なんで?」
「ほら、俺色々お世話になったから。家作ってもらったり」
「もうお前は十分、やったと思う。うん、毎日半殺しなんてよく耐えられたな」
「ああ……、そうだな。じゃあいらないか」
「いっその事、引越し蕎麦なんてどうかしら? 私は貰ったらとても嬉しいわ」
「ああ、いいかも……、って何で居るんだよ!」
「神出鬼没という言葉は私の為にあるようなものですわ」



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